2009年12月14日 (月)

記憶力

 先日おみえのお客様は以前来た時と店内の間取りが違っているし、作っている人(私)も給仕している人(かみさん)も違っていたとおっしゃいます。15年くらい前のことだそうです。身に覚えのないことなので、ひょっとすると他店の話では・・と丁重にお話ししましたけれどこの店だとのことでした。私がエイジングによって激しく劣化したためでしょうか、さもなければ私も気づかぬうちに誰かがこっそり私にいれかわっているのでしょうか?
 そんな私にお客様はしばしば難問を突きつけてきます。「あの~、私この前来た時、何食べましたか?」良い質問だと思います。でも聞く人を間違っています。私は短期的記憶力に問題があるんですよ。(昔のことは結構憶えてるんです。)それにこの前が一年以上前だったら、回答者が私以外でも正解を得るのはより困難になるでしょう。それでもまだ私が恐れている発言に比べればましです。その発言とは料理のご注文の際にお客様から云われる「私はいつもので。」これを私が正解できるためには、私とお客様の間にあうんの呼吸が必要になってきます。むろんそれが有効なお客様もある程度いらっしゃいます。でもその時は私やかみさんがお客さまに「いつものでいいですか?」とこちらから尋ねます。
 もしお客様ご注文の際に私が以前のご注文を忘れていても広い心で許してやってください。記憶の衰えは誰もが通る道です。お願いします。

| | コメント (0)

2009年12月 7日 (月)

聞きかじり

厨房で一人、仕込みをしている時は必ずラジオを聞きながらか、何か音楽を流しています。仕事が夜中になってしまったりすると、ぽつねんと仕事をしているのが辛くなって余計に何か音源が欲しくなります。聞いたところによると、いわゆる世間話の話題を私のような調理師や、床屋さん、タクシーの運転手さんにはそう云った風に耳から取り入れている事例は多いようです。タクシーの運転手さん、床屋さんなどは話題が豊富な人多いですよ。
 日曜日の深夜に厨房でかたづ
けをしながらNHKのラジオ深夜便を聞いていると新作の映画紹介のコーナーでポーランドのアンジェ・ワイダの新作の話をやってましたね。アンジェ・ワイダはとっくの昔に亡くなっていると思い込んでいたのちょっと驚きました。生きているにしても幾つになっているのかなあ。彼の新作は「カティンの森」と云うタイトルでポーランドが第二次世界大戦の時にドイツとソ連に占領されていた時期に起こった、ソ連によるポーランド軍将校に対する大虐殺を描いた作品だそうです。ワイダ自身の父親もその犠牲者で、名簿のつづりが違っていたために彼の母親はずっと夫の帰りを信じていたそうです。この映画は間もなく東京で単館上映されるそうです。これはちょっと観てみたいなあ。それと最近韓国でヒットした「牛の鈴音」というドキュメント映画にも興味がわきました。老農夫とその妻、30年も飼っているという(牛の寿命は15年程だそうです。)耕作用の牛の話で、今朝テレビでもこの映画を取り上げていました。もくもくと働いてきた農夫と自分はこの男と一緒になって生涯をしくじった、なぜなら飼っているこの牛ほどにも夫には大切にされなかったと云う妻、従順に働く老牛の目がまた可愛いんです。これも観てみたいと思いました。映画館にもずいぶんご無沙汰しています。たまにはこんな映画をポップコーンでも頬ばりながらのんびりと観てみたいと願う昨今です。

| | コメント (2)

2009年11月24日 (火)

辻井伸行さんのピアノ

今年の6月にアメリカで行われた「ヴァン・クライバーンコンクール」で優勝した辻井伸行さんのコンクールでの様子を22日のNHK教育で放映されていましたね。私はあまりクラシック音楽を聴かないほうなのですが、ファイナルに残った6人がやはり甲乙がつけがたい力量に思えました。最終的には彼と中国の19歳のピアニストが同点で一位ということになったようです。これは私の単なる素人考えですが、辻井さんにあって他のピアニストになかったものは、多分無邪気とか楽しさとか最初に彼がピアノに出会ってからずっと変わらず育んできた、あるいは彼のご両親や周囲の人たちから与えられてきた「温かさ」なのかと思いました。本当に彼以外のピアニストは圧倒的な技術と表現力でねじふせてしまうような威圧感がありました。これはコンクールですから闘争心はあって当然でしょう。でもそれが何か音楽が本来持っている無邪気な楽しさのようなものを奪ってしまったら残念です。ピアノに限らずおそらく熟達というものは数え切れないほどの精緻な技巧の組み合わせのうえに成立しているに違いありません。その眼の眩むよう作業をいともたやすく、楽しげに出来たら痛快ですよ。そしてその上、それが好きで好きでたまらないって良いじゃないですか。自分の本当に好きなことを一生つづけていけたらこんな幸せってないでしょうね。

| | コメント (0)

内閣官房報償費って何?

 数日前の新聞に、8月30日の総選挙が終わってから9月の半ばに政権が移行する短期間に内閣報償費約2億5千万円が河村前官房長官によって引き出されて、きっちり使い切ってから引き継ぎが行われたと報じられていました。本当に律義な事です。この内閣報償費なるものはなんだろうとウィキペディアを見てみると、2002年以降毎年14億円以上が計上されている、国政運用のために内閣官房長官の裁量で自由に使える予算で領収書も不要で、申告義務もなく、会計監査の対象にもならない政権与党には誠に使い勝手の良いお金であるらしいのです。これに類似するものとしては外務省報償費(外務省が裁量権を持つ予算、年間約50億円が計上されているが、3分の1は官房報償費に上納されている疑惑もあるらしい)、それに宮城県警と浅野前宮城県知事とがその使途の公開について裁判で係争していた捜査報償費(各県警が捜査活動や情報提供野謝礼となどとして用いる。県と国から支出されている。)があるそうです。
 むろん政権運営に関しては何から何まで全部ガラス張りというわけにはいかないでしょう。とはいっても誰もチェックできないお金が毎年これだけの予算で執行されているのは不自然です。もと
もと内閣官房報償費については民主党はその使い道を明らかにするように当時の政権に訴えていたはずです。少なくとも国会議員や公的会計監査機関がその使途についてチェックできる制度を導入すべきです。そして問題があれば当然国民にその事実が公表されるべきです。平野官房長官が先日、官房報償費の使途に関しては従来どうり一切明らかにしないことを発言していましたが、現在厳しい事業仕分けに取り組んでいる民主党がそれはマニフェストに書いてないから構わないと思っておられるのだったら、大変な勘違いだと言わざるを得ません。もしこの政権が国民に対する誠実さを失えば、前政権の歩んだとおりの結末がそう遠くない日におとずれることは必至ではないでしょうか。

| | コメント (0)

2009年11月16日 (月)

携帯のサイトを作りました。

Qr_3 私の数ある苦手なものに携帯があります。一応持ってはいても、外出時の連絡以外にはほとんど使わないし、携帯を使ってウェブサイトなんて見たこともありません。写メールなどは2,3度しか撮ったことがなくて、それをどこに保存したかも分からない有様です。しかるに携帯小説があり、携帯依存症なんて病気(?)が出てくるくらいですから、それ無しにもはや現代は機能しないのでしょう。もうここは時代の流れに身を任せて携帯サイトを作ることにしました。簡単なお店の情報を知っていただくのにはお手軽かもしれません。今回も(パソコンビギナーズスクウェア仙台中倉校)の遠藤先生のお力にひたすら、おすがりして、超特急でモバイル「チットラ」なるサイトを作りました。先生のご指導がなければそもそも私がコンピュータなんぞ使えるわけないんです。一応QRコードを転写してみましたが、私の古い携帯では読み取ってくれません。この画面のあいまいな感じではだめかもしれませんね。お店のチラシ等に印刷しますし、モバイル「チットラ」で検索できるかもしれません。簡単なお店の営業情報くらいしか書いてないので、詳細はホームページかまたは直接電話して下さい。

| | コメント (0)

2009年11月11日 (水)

蜂の子、食べた事あります?

Newepsn2171_2 田舎の母が送ってくれた蜂の子の写真です。ちょっとめには、まともに虫に見えますから、これは勘弁してくれとおっしゃる方も多いでしょう。百見は一口にしかずとか。食べてみると意外と美味しいんですよ。アフリカのほうでは蟻をがんがん食べる部族もいるそうですから。もちろん私もこれを生で食べる勇気はありません。この蜂の子は甘辛く炒り煮してあるんですよ。子供のころから私のところでは食べていました。とはいっても食べるのは父と兄弟の男性だけでした。母は調理はしても味見もいやだと言っていました。私の田舎では当時、肉屋さんに当たり前にイノシシの肉や山鳩の肉などがならんでいたので、捕獲された鳥獣を食べる今はやりのフランス料理の”ジビエ”みたいなものだったでしょう。さすがに食べはしなかったけど時々捕まった大きなサンショウウオなんてものにお目にかかる機会もあったんですよ。なかなか野趣あふれる食環境だったような気がします。

| | コメント (0)

2009年11月 2日 (月)

石川文洋写真展

先月の21日に宮城学院女子大学の礼拝堂ロビーで展示されていた。石川文洋さんの写真に行ってきました。ご存知の方もいらっしゃるでしょうが、彼はヴェトナム戦争を取材した一連の作品で高く評価されている写真家です。展示されていた写真の多くがやはり戦争をテーマにしたものでしたから、それは私たちに厳しい事実を突き付けているのですが、そんな戦闘の日常にぽっかりとあいた空白のような兵士のくつろいだ表情もありました。どの写真にも言えることは、眼です。非常に緊迫した兵士のまなざし、おびえた村民のまなざし、悲痛なまなざし、それらを凝視しているカメラマンのまなざし。最近話題になった、ヴェトさんとドクさんの双生児を生み出した枯れ葉剤の悲劇。もうヴェトナム戦争は過去のもののように思っていた私は写真の圧倒的なリアリティーによって強い衝撃を受けました。
 
帰宅してから、かなり以前に読んだ写真家の岡村昭彦氏の「南ヴェトナム戦争従軍記」をひっぱり出して読みました。この本とその中の写真には当時、同様に強い衝撃を受けたことを思い出しました。かってロバート・キャパや沢田教一の写真展を見たときに感じたのは、今回の展覧会と同様に、写真は静止した画像でありながら何故こんなにも私たちに雄弁にストーリーを語るのだろうかという素朴な疑問でした。ふんだんに動画に囲まれている私たちの日常にはこれらのモノクロームの写真が全く異なったメッセージを伝えてくれます。私たちがそれを個々に受け止めるだけの空間がこの白黒の画面には広がっているのです。

| | コメント (0)

2009年10月31日 (土)

バターチキンをやってみます。

Newepsn2145久しぶりに特別メニューをやります。最近ちょくちょくとお客様からバターチキンのリクエストをいただくこともあって、とりあえず1カ月だけのつもりでやってみます。一品料理にしないで、以前のようにセットにしてお好みのカレーと一緒に召し上がっていただきます。作り方も少し変更してどちらかといえばあっさりとした感じに出来たのでは・・。なにはともあれ一度お試しください。

| | コメント (0)

2009年10月18日 (日)

お笑いの隆盛

 最近お笑い番組が増えましたね。お笑い芸人が出ている番組も入れるとお笑い関連が番組編成の大きな部分をしめているように見えます。遅い晩御飯を食べながら、そんな番組をみて大笑いすることがあります。好きな芸人さんもいます。それでも最近になって思うのは、これちょっと行き過ぎているのかなあと思うほどこの手の番組が多くて、強制的にくすぐられているみたいに、辟易することもあります。お笑いは本来テンションが高いものなので、そのいっぱいいっぱいのノリが時にやや過剰にヒステリックでサデティスティックに聞こえてくることがあります。この時代は相当に自分のテンションを加圧して暮らしている部分があるので、このお笑いの攻撃性はそんな時代の気分を直説的に反映しているのでしょうか。このところずーっと黒澤明の映画を見ていたので、映画全体に温かいユーモアと慈愛みたいなもの流れているんですよね、この感じいいなあ~。
 笑いの効用についていつも言われるのは、曰く免疫力を高める、脳の血流を増進する、人間関係を潤滑にする・・・。どれも事実でしょう。何といってもやはり自然に笑えるような生活環境が第一です。自然にそんな気持ちになりたいものです。

| | コメント (0)

2009年10月13日 (火)

ドブ板を踏んで

 今日は、月曜日の代休でお店を閉めています。それでも片付けるべき雑用はたくさんあって銀行にいったり、食材の買い出しとか、冷蔵庫の掃除なんかと数えればきりがない程やることがあります。なかでもどうしても欠かせないのが下水の掃除です。よく地震のあとにトイレの問題が一番先に来るっていうのは、実感としてわかりますよ。厨房の下水が詰まってしまって半日くらい営業ができなかったことは数回ありますから。他のことはなんとかなっても、お水が流せないと飲食店はお手上げなんです。最低ひと月に一度のペースで下水にお湯を通して通りをよくしたり、下水ますに沈殿した、汚泥や脂肪をすくいます。これをやっていると老廃物がどのように血管中に蓄積していくかがよくわかってきます。小麦粉やでんぷん質のものがサラダ油や、お肉の脂肪と一緒になると、堅いコンクリートのようになって下水管に付着するのです。それで下水管が詰まったり、流れが妨げられたりするのです。まあざっとやるだけなので、30分ぐらいで終わるからいいですけど、冬は気の進まない作業です。雪がちらついて居る時なんかは、なんでこんな事やっているのかなんて思わないわけでもないけれど、よくよく考えてみるとたとえばお百姓さんは、一年間丹精した作物が台風にやられてしまったり、洪水や干ばつでだめになっても結構、忍耐強くつづけてますよねえ。チットラにおいでになるお客様にお百姓さんがいらっしゃるのです。話がすこぶる面白くて、お話をうかがって吹き出してしまいます。それでお帰りになった後によくよく考えてみると、結構笑っちゃいけない話が多くて、それをあんなに軽~く語れるのが凄いと思います。それに比べればカレー屋なんて極楽です。カレーを作るのは好きなほうです。それにも増して人の作ったものを食べるのはもっと好きなんです。よし今度生まれ変わったら食べるほうにまわるぞと、かみさんに言うと、人間に生まれ変わるとは限らないよと言われました。coldsweats01

| | コメント (0)

«トンだ誤算