復興は復元ではなくて・・・
福井県の大飯原発の再稼働がにわかに現実的課題になろうとしている。福島原発の無作為による作為とでも云うべき重大な事故は無かったかのごとき性懲り無さには唖然としてしまう。2015年には安全対策を整備するので、大丈夫なんて、ブレーキパッドがすりへって、ヘッドランプのつかない車でも3年後には修理するって約束したから車検通しちゃうよって事? 昨年の3月に起こった惨禍を作家の高村薫さんがNHKの震災関連の番組の中で、3,11は其の以前から潜在していた問題をより鮮明に顕在化する契機となった事を指摘していた。例えば農業を例にとれば就業者の高齢化、後継者の不足、減反と云った問題は単純に農地を除染したり塩害を解決するだけではどうにもならない地点にすでに到達していたし、漁業も船舶の燃料費の高騰や気象異変による漁場の変化で今のままでは立ちいかない事は明白である。冷静に見れば見るほど、震災以前に立ち返るだけでは、すでに有ったこれらの課題は何ひとつ解決しない。それどころかそもそも現在の財務状況と被害の甚大さを考慮すれば元通りにすることも不可能なはず。そして形を変えて残るものと消えて行くものが分岐していくことになる。私たちの多くが其の事を直観的に知っているけれどそれを云う事ははばかられる。誰もが直観的に知っているその事実に殆ど無知で無関心な人たちが政治を数代にわたって生業にしているのは何処かで壊れやすい衛星を打ち上げている半島の国に似てはいないだろうか?
震災を契機に私の中で変わったことは尋ねられたら、私は怖気づいたと答えると思う。夜中に家具ががたがたと鳴ると、それがしばらく続いて突然あの爆発的振動に変わるのかと怖くなってくる。怖気づいている。映画の中の美しい海岸線さえこれから一気に膨れ上がってけむを巻きながら押し寄せてくる光景が連想される。
開店以来使っていたショーケース型の冷蔵庫が昨年の震災で壊れたままにしていたのでとうとう先日、新港そばの産廃業者に運んで行った。がれきから汚泥、医療用の廃棄物まで扱う業者には次々と搬入のトラック到着して大盛況。車ごと重量を量った後に作業員は私の車のドアを開けてごく普通に線量計で冷蔵庫の線量を量った。近未来的な現実である。ここに待ちこまれる様々な産業廃棄物が放射能とは無縁だともう云えない時代を私たちは生きていることになる。先ほどの番組の中で、高村薫さんの発言に日常生活が安全でなくてどうして電気供給が安定である意味があるのだろうと云うのが有った。原発の稼働を急ぐ前に、福島原発事故の全貌の開示と責任者の処分。被害者へのしっかりした経済的保障。原発の廃炉に向けた工程づくり。次世代エネルギーの研究開発。することは山ほどあると思うのだが・・・。




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