飛びます 飛びます
「飛ぶみたいだよ。」とゾウ子ちゃんが言った。「飛んでるのを見たの?」と私。「直接見てはいないけど・・・ほらね。」ゾウ子ちゃんがさし出した手札サイズの写真には上半身裸で腰に胴衣を巻き付けたバナラスのサドゥー(修行者)みたいな男が歯を食いしばって座禅のポーズのまま宙に浮かんでいる。「これって、浮かんでるんじゃなくて、落ちてる途中じゃないかなあ。だって髪の毛が逆立ってるよ。だから慣性で髪が逆立ってるんだよ。」と私が言うと「その辺はよくわかんないよ。」とゾウ子ちゃんは私のつっこみをいなした。
そんな会話を交わしたのは1984年の秋頃だった。場所は今はもうなくなってしまった千代田区九段にあった南インド料理店「アジャンタ」(現在は麹町に移転している)の奥のテーブル。そこでお昼の賄いを食べ終えたお店のスタッフ達の一人が最近お店の2階で時々開かれている「ヨガ教室」を話題にした。ゾウ子ちゃんが其のヨガ教室に顔を出していると云う。ゾウのグッズをもうれつ集めていたために誰もがゾウ子ちゃんと呼んでいた彼女。以前原宿でアパレル関係のバイヤーをしていたと直接聞いたことがある。英語が堪能で、ふだんはお店の入口横のサリーショップにいて、ランチタイムにはホールに出ていた。サリーショップではスパイスの量り売りもしていたので、ゾウ子ちゃんが厨房に来て「キュミン200グラムお願い。」と云うとスパイスのクミンがキュートなキャンディーになったみたいでうれしくなったりした。思い起こせば、確かにヨガ教室は時々開かれていて私も2、3度2階の階段を上がっていく数人の若者を目撃したことがある。でもその中に麻原彰晃が居たかどうかなんてサッパリ記憶にない。新聞には松本智津夫がオウムの会を設立して間もなく「オウム神仙の会」としてヨガ教室を開いていた時期は1984年と書いてある。松本智津夫が空中浮遊している例のあやしい写真は其ののち何度もテレビで見ることになった。そうして、くだんのゾウ子ちゃんは今現在は結婚してアメリカの西海岸で幸せに暮らしているらしい。事の真偽はもう確かめようがない。
昨年12月にウム真理教関連の189人すべての裁判が結審していよいよ13人の死刑囚の刑の執行がタイムテーブルに上るこの時期になって何故平田容疑者は出頭したのだろうか?教祖の死刑執行を遅らせるための陽動作戦だったのかそれとも17年にわたる逃亡生活に疲れ果ててしまったのだろうか。日本の犯罪史上に残る凶悪なカルト集団がひょっとすると私のような平凡な人間ともわずかにかすっていたなんてことがあるんだろうか?
思えば大震災も原発事故も平凡な私とは殆ど無縁のはずだったのに・・・。





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