2009年11月11日 (水)

蜂の子、食べた事あります?

Newepsn2171_2 田舎の母が送ってくれた蜂の子の写真です。ちょっとめには、まともに虫に見えますから、これは勘弁してくれとおっしゃる方も多いでしょう。百見は一口にしかずとか。食べてみると意外と美味しいんですよ。アフリカのほうでは蟻をがんがん食べる部族もいるそうですから。もちろん私もこれを生で食べる勇気はありません。この蜂の子は甘辛く炒り煮してあるんですよ。子供のころから私のところでは食べていました。とはいっても食べるのは父と兄弟の男性だけでした。母は調理はしても味見もいやだと言っていました。私の田舎では当時、肉屋さんに当たり前にイノシシの肉や山鳩の肉などがならんでいたので、捕獲された鳥獣を食べる今はやりのフランス料理の”ジビエ”みたいなものだったでしょう。さすがに食べはしなかったけど時々捕まった大きなサンショウウオなんてものにお目にかかる機会もあったんですよ。なかなか野趣あふれる食環境だったような気がします。

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2009年11月 2日 (月)

石川文洋写真展

先月の21日に宮城学院女子大学の礼拝堂ロビーで展示されていた。石川文洋さんの写真に行ってきました。ご存知の方もいらっしゃるでしょうが、彼はヴェトナム戦争を取材した一連の作品で高く評価されている写真家です。展示されていた写真の多くがやはり戦争をテーマにしたものでしたから、それは私たちに厳しい事実を突き付けているのですが、そんな戦闘の日常にぽっかりとあいた空白のような兵士のくつろいだ表情もありました。どの写真にも言えることは、眼です。非常に緊迫した兵士のまなざし、おびえた村民のまなざし、悲痛なまなざし、それらを凝視しているカメラマンのまなざし。最近話題になった、ヴェトさんとドクさんの双生児を生み出した枯れ葉剤の悲劇。もうヴェトナム戦争は過去のもののように思っていた私は写真の圧倒的なリアリティーによって強い衝撃を受けました。
 
帰宅してから、かなり以前に読んだ写真家の岡村昭彦氏の「南ヴェトナム戦争従軍記」をひっぱり出して読みました。この本とその中の写真には当時、同様に強い衝撃を受けたことを思い出しました。かってロバート・キャパや沢田教一の写真展を見たときに感じたのは、今回の展覧会と同様に、写真は静止した画像でありながら何故こんなにも私たちに雄弁にストーリーを語るのだろうかという素朴な疑問でした。ふんだんに動画に囲まれている私たちの日常にはこれらのモノクロームの写真が全く異なったメッセージを伝えてくれます。私たちがそれを個々に受け止めるだけの空間がこの白黒の画面には広がっているのです。

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2009年10月31日 (土)

バターチキンをやってみます。

Newepsn2145久しぶりに特別メニューをやります。最近ちょくちょくとお客様からバターチキンのリクエストをいただくこともあって、とりあえず1カ月だけのつもりでやってみます。一品料理にしないで、以前のようにセットにしてお好みのカレーと一緒に召し上がっていただきます。作り方も少し変更してどちらかといえばあっさりとした感じに出来たのでは・・。なにはともあれ一度お試しください。

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2009年10月18日 (日)

お笑いの隆盛

 最近お笑い番組が増えましたね。お笑い芸人が出ている番組も入れるとお笑い関連が番組編成の大きな部分をしめているように見えます。遅い晩御飯を食べながら、そんな番組をみて大笑いすることがあります。好きな芸人さんもいます。それでも最近になって思うのは、これちょっと行き過ぎているのかなあと思うほどこの手の番組が多くて、強制的にくすぐられているみたいに、辟易することもあります。お笑いは本来テンションが高いものなので、そのいっぱいいっぱいのノリが時にやや過剰にヒステリックでサデティスティックに聞こえてくることがあります。この時代は相当に自分のテンションを加圧して暮らしている部分があるので、このお笑いの攻撃性はそんな時代の気分を直説的に反映しているのでしょうか。このところずーっと黒澤明の映画を見ていたので、映画全体に温かいユーモアと慈愛みたいなもの流れているんですよね、この感じいいなあ~。
 笑いの効用についていつも言われるのは、曰く免疫力を高める、脳の血流を増進する、人間関係を潤滑にする・・・。どれも事実でしょう。何といってもやはり自然に笑えるような生活環境が第一です。自然にそんな気持ちになりたいものです。

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2009年10月13日 (火)

ドブ板を踏んで

 今日は、月曜日の代休でお店を閉めています。それでも片付けるべき雑用はたくさんあって銀行にいったり、食材の買い出しとか、冷蔵庫の掃除なんかと数えればきりがない程やることがあります。なかでもどうしても欠かせないのが下水の掃除です。よく地震のあとにトイレの問題が一番先に来るっていうのは、実感としてわかりますよ。厨房の下水が詰まってしまって半日くらい営業ができなかったことは数回ありますから。他のことはなんとかなっても、お水が流せないと飲食店はお手上げなんです。最低ひと月に一度のペースで下水にお湯を通して通りをよくしたり、下水ますに沈殿した、汚泥や脂肪をすくいます。これをやっていると老廃物がどのように血管中に蓄積していくかがよくわかってきます。小麦粉やでんぷん質のものがサラダ油や、お肉の脂肪と一緒になると、堅いコンクリートのようになって下水管に付着するのです。それで下水管が詰まったり、流れが妨げられたりするのです。まあざっとやるだけなので、30分ぐらいで終わるからいいですけど、冬は気の進まない作業です。雪がちらついて居る時なんかは、なんでこんな事やっているのかなんて思わないわけでもないけれど、よくよく考えてみるとたとえばお百姓さんは、一年間丹精した作物が台風にやられてしまったり、洪水や干ばつでだめになっても結構、忍耐強くつづけてますよねえ。チットラにおいでになるお客様にお百姓さんがいらっしゃるのです。話がすこぶる面白くて、お話をうかがって吹き出してしまいます。それでお帰りになった後によくよく考えてみると、結構笑っちゃいけない話が多くて、それをあんなに軽~く語れるのが凄いと思います。それに比べればカレー屋なんて極楽です。カレーを作るのは好きなほうです。それにも増して人の作ったものを食べるのはもっと好きなんです。よし今度生まれ変わったら食べるほうにまわるぞと、かみさんに言うと、人間に生まれ変わるとは限らないよと言われました。coldsweats01

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2009年10月 5日 (月)

トンだ誤算

pig Epsn2044_5 先月の中ごろでした。おもいたって岩手県の「舘ケ森アーク牧場」に行きました。お店の休みは毎月曜ですからしばしばこのての施設はお休みのところが多いんです。調べてみると営業していると書いてあったので三陸自動車道から米山町、中田町をとおってようやく目的地にたどり着きました。写真のつぶらな瞳の子豚君はそこの豚舎で会いました。まことにこんな目で見られると今まで散々とんかつを食べてきた私の食歴を伏してあやまりたくなります。その牧場なんですが、結局は誰もいませんでした。係の人は一人もいませんでした。帰り際に工事関係者と思しきトラックを見かけただけでした。申し訳ないと思いつつ施設の動物を無断で見てきました。 この近辺には「岩手サファリパーク」なんかもあるんですけどともかく閑散とした有様でした。月曜日の観光地なんてものは大体そんなもんかもしれません。でも人っ子一人いないとは予想していない事態でした。宮城県から岩手県まで県境の郡部の街中は活気が無くて、店舗も閉まっているところばかりで食事するところを探すのが大変でした。
 先々月には長く取引していた業者さんの営業所が東北から撤退してしまいました。郡部の商店街を見ると地域の経済が疲弊している様子が実感として伝わってきます。牧場で美味しいアイスクリームと食事を予定していたのに、その目論見ははづれて、腹ペコの私は中田町のレストランに飛び込んで、とんかつ定食をむさぼり食いました。豚君ほんとうにご、ごめんなさい!pig

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2009年9月24日 (木)

連休が終わって

シルバーウィーク五連休が終わって、本日は月曜日の代休でお休みしました。高速道路、軒並みの渋滞だったようですね。新聞で読んだら車中一泊で遊びに行った方もいたようでした。そんな情熱に圧倒されそうです。
 チットラでは前半は忙しくなくて、後半はぼちぼちでした。これだけ休みが長いと当然皆さんが出かけてしまうので、営業的には特に目覚しい事は期待できません。
 月曜日だったと思うのですが、夜の営業で気づいた事は、すごくはらぺこのお客様が3組ぐらいいらっしゃって、オーダーの量が多くてこんなに食べられるのかと、こちらが心配しているとあっという間の完食でした。推測するに、出かけたところで食べ損ねて、空腹を抱えてとうとう仙台まで帰ってきたのでは・・・。実は私も先週の月曜日に郊外に出かけてお昼を食べ損なって彷徨ううちにお店のお昼の営業が終わりかける頃ようやくあるお店に飛び込んでセーフでした。人間おなかがすくと本当に悲しいくらい食べものの事しか頭に浮かばないものです。売れるのは嬉しいのですが、こんなに注文されて沢山残されるのも残念なので、ついついよけいなおせっかいでこんなに食べられますか?と聞いてしまいます。おなか八分目が健康の秘訣だそうです。私の祖母はよく「腹も身のうち」と言っていました。又時には「食うだけの娑婆(この世の中)」とも言っていました。どちらも真実であるには違い有りません。

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2009年9月22日 (火)

この頃観た映画

 観た映画といってもレンタルばかりです。ゲオで旧作オール100円レンタルをやっているので今年の夏はふだん観ないものを借りてきて観ました。「市民ケーン」やリメイクの方じゃない黒澤の「隠し砦の三悪人」なんてのを観て、ショーン・コネリー主演の「薔薇の名前」も結構前の映画です。イングマール・ベルイマンの「恥」は本当にすばらしくて、昔名画座で観た彼の作品を又みたくなってしまいました。オダギリ・ジョーの「時効警察」と「帰ってきた時効警察」をそれぞれ五巻づつ全20話も瞬く間に観てしまいました。散々笑いました。
 古いのも新しいのも観ていないものだらけです。せっかくですからこの機会に観ていない映画を少し観ておきたいなあ、でも本音はやはり映画館でみたいなあというところです。

 

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2009年9月15日 (火)

マトンカレーは今

Img004 チットラのメニューにのっているカレーは人数の多少はあるにせよ、それぞれに固定したお客様を持ってきました。その中でも、とりわけマトンカレーには長い間、純粋マトン主義を貫くお客様が居たように認識していました。それがこのところその王座を明け渡そうとしています。仕込みの中心がチキンカレーやキーマに移行し始める傾向があります。お客様の世代の移り変わりや、嗜好の変化などがその一因かもしれません。マトンは一回の仕込みの量を減らして、結果以前より作る頻度がやや増えました。鮮度のよいカレーをいかにお客様に安定して供給できるか?それは何時、何が売れるかを予想して、的確にカレーを仕込む事なんです。大抵はその予想は、はずれます。以前のデーターなんてあてにはなりません。一年ごとに変わっていきます。以前にも書いたようにこんな小さなカレー屋にも世界の変化がなんらかの形で及んでいる事を感じることが少なくありません。

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2009年8月31日 (月)

香田証生さんは何故殺されたのか?と「自己責任」について

総選挙がすんで、政権交代と云う大きな転換点を見ています。私は団塊の世代ど真ん中で、子供のころから55年体制でしたから、私が存命中にこんな形での政権交代を見ようなどとは夢にも思いませんでした。それがいとも容易く一晩で与野党が逆転してしまうとは、驚きです。あっけにとられてしまいました。むろんこれからについては全く楽観はしていません。
 今になって思うと、4年前の小泉首相の「郵政解散」に続く自民圧勝は一体何だったのでしょうか。私がその当時のことで特に印象深く憶えているのはその前年にイラクで起こった日本人が関わった2つの人質事件でした。当時頻繁ににメディアに登場した一つのキーワードこそ、曰く「自己責任」でした。
 発端は、2004年4月にイラクのバグダッドでストリートチルドレンの救援活動を
行っていた高遠さんとカメラマンの郡山さん、学生の今井君、日本人3名がイラクのイスラム過激派に拘束されて武装勢力は人質の解放の条件として当時イラクで給水活動を行っていた自衛隊の撤退を日本政府に突き付けたあの事件です。高遠さんの身内の方が日本政府に要求をのむように発言してから、高遠さんや人質の家族に対してバッシングの嵐が吹き荒れました。当時私もそれに似たような感情を人質の3名に対して持っていました。”なんでこんな時期にバグダッドになんか行くのかなあ、捕まるにきまってるのに・・”それが「自己責任」の始まりでした。あんなところに行った奴が悪い、自業自得、国費を使って助ける価値がない等、ネット上でもご家族にかかってくる電話でも心ない非難が巻き起こりました。幸いにも高遠さんたちのケースは運よく現地の聖職者の仲介もあって無事解決をみました。しかしその半年後に起こった香田証生さんの拘束事件は「イラク聖戦アルカイダ機構」の幹部アブムサブ・ザルカウィによってその惨殺をネット上で公開されるという痛ましい結末を迎えたのです。私の手元に一冊の本があります。香田さんが亡くなって一年後に出された「香田証生さんはなぜ殺されたか」というタイトルが付いています。下川裕冶さんが書きました。最近この本を読んでから再び「自己責任」が都合良く持ち出されている我が国の政治風土に私自身が疑問を感じ始めていました。ずーっと派遣社員でいる人たちの自己責任。低所得者の自己責任。
 当時、小泉首相の口から直接「自己責任」という言葉が発せられたわけではありません。でもこの事件が起きて、香田さんが処刑の日時を示された時、私にははっきりとこの国の政府も国民も彼を見殺しにすることが分かっていました。見殺しにされることが一番わかっていなかったのは香田証生さん自身だったでしょう。彼は日本にいなかったのですから。日本中に「自己責任」「自業自得」の論調がはばをきかせていました。彼のご家族は敬虔なキリスト教徒だと聞きました。ご長男を(生きるあかし)と名付けたご両親はおそらく祈ることしか出来なかったと思います。それでも各地で彼を助けようとする小規模のデモがあったようです。小泉首相があれほどの高い人気得ていることが、私にはとても理解できなかったのは、首相とこの国の政府がイラクで拘束された一人のバックパッカーを「自己責任」の論理を盾に見殺しにした事実を忘れることが出来ないからです。それに私も消極的にでもその論調を認めていたことを否定できません。人は誰でも間違いをおかします。でもそれが意図した犯罪ではなくて、無知であったり、経験が足らなかったり、単なるミスだったら、その間違いはその人の命をもって購わなければならない程の罪でしょうか。その一人の無力な国民がもう自分の力ではどうすることもできない苦境に立った時、もう「自己責任」のレベルをはるかに超えた困難に会った時、その人に手を差し伸べるのがその国の政府ではないでしょうか?それを果たす事こそが政治の「自己責任」であり、今回の選挙の結果はその「責任」が厳しく問われた結果と言えるような気がします。同時に、この国の向かう先を見届ける私たち国民にもその「責任」が重く問われていることは言うまでもありません。

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