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2009年3月23日 (月)

オバマの失言は重い

日本の総理大臣の失言にはもう慣れっこになってしまって大概の事では驚かないけれど、19日のNBCテレビのトーク番組でのオバマ大統領の発言には落胆しました。ホワイトハウスでのボーリング大会での自らのスコアが振るわなかった事をスペシャルオリンピックス(知的障害者のスポーツ大会)ようにだったと述べたのでした。政治家がユーモアを交えてスピーチをするときにしばしば勘違いしているのは、オフレコではうけたジョークが必ずしもいつでも有効ではないということです。これはジョークになりません。自らもマイノリティーとして初の大統領に就任しておきながらこの発言はないでしょう。大統領はさすがにこの失言に気付いて、番組終了後にスペシャルオリンピックスのシュライバー会長に謝罪の電話を入れて発言の撤回をして障害者をホワイトハウスのボーリング大会に招待したい旨申し入れしたそうです。遅きに失してますね。私の好きな言葉があります。「自分より明らかに立場の弱い人たちへの態度でその人の真の偉大さが分かる。」。誰が、何処で言ったか分かりませんが特に人の上に立つ指導者には強く望みたいことであります。私も発言に気をつけるようしばしば家族より注意を受けています。

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2009年3月16日 (月)

一期一会か、それとも一期二会

最近になってしばしばお客様から受ける質問で、私とかみさんが密かに恐れおののいているもののひとつは、「ここ開店されたのはいつごろですか?」という質問です。「お店どのぐらいやっているんですか?」という質問もおもに営業時間に関するものではなくて、お店の開業以来の時間的経過をお尋ねになっている場合が多いようです。以前は屈託なくその質問に答えていたのに、昨今はその質問が出た瞬間に次のお客様の言葉を少し警戒(?)するようになっています。それはお客様と私たちの立場の違いによるもので、お客様に他意がないのは知っていても、私たちがへこんでしまう場合があるからです。
具体例をあげると、
例1「私、御店の開店の時来たんですよ、食べたくなってまた来ました。」
例2「家族で一度来たことがあって私その時子供だったんで、やっとこの場所探してきました。なつかしいなあ。」

例3「高校生の時通学時に御店の前毎日通っていたんですが、ここに御店があるの知らなかったなあ。」
例4「お店ができたころはけっこう通っていたんですよ。それ以来だから何年になるかなあ。でも遠くに(伺えば仙台市内に)引っ越してしまってからなかなかこちらに来れなくてね。」
これを言われると私へこみます。完全にへこみます。
一期一会と言えばこの世の常ではありますが、あまりに時間が経過しているので、それを聞いた私たちはこのお客様とはもう生きては会えないであろうと思いつつやはり「そうですか。それはわざわざどうもありがとうございます。」と言って、こののち20年先が絶望的に遠い未来に思えてしまいます。先日はお客様の開店の年月日に関する質問に私は「え~っと、忘れました。」と言ってしまいました。かみさんはお客様に理由をお話して話題を変えていただきました。何年ぶりに来ていただいても、また来ていただかなくてもそれは全くお客様の自由です。ただ私たちがそれを伺っても答えようのないこともあります。人間が未熟なんでしょう。どうもそういうところに違和感を覚えてしまうんです。

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2009年3月10日 (火)

へそ曲がりの真骨頂

 先週の「週間朝日」に小説家の村上春樹氏がエルサレム市での「エルサレム賞」の授賞式でのスピーチが全文紹介されていました。さすが小説家は言葉を操る事に長けているなと感心しつつ読みました。自らの職業を嘘を紡ぐ専門家と称しています。そしてその嘘が法外で独創的であればむしろ賞賛を受ける特殊な職業であると笑いを誘っているのです。私が共感を覚えたのは自分の周辺の大概の人たちがイスラエルのガザ地区での軍事行動を受けて、授賞式への出席と受賞そのものを辞退するように進言したにもかかわらず彼が敢えて受賞を許諾してエルサレムまでやって来た理由を「人から言われたことの全く反対の事をやりたくなるというところが、私にはあるのです。」と語っている事です。この感じ分かります。私も、はやっている物や大概の人気商品には殆ど関心を持たない、又は持たないようにしているへそ曲がりなので、世間を狭くして、すぐに少数派になってしまう傾向があります。残念な事に村上氏のような特筆すべき才能がないのでよりぱっとしない結果になります。分かってはいるのですが、これは性分なので直りません。
 彼のスピーチは全文読んでみると暗喩が多くて思ったほどイスラエル批判の刺激的なアジテーションは含まれてはいませんでした。これはやはり彼がイスラエルの国民にも真意を伝えたいと思って直接的な非難の論調を避けた結果だろうと感じました。それでもイスラエルの首脳の前でこのスピーチをするのは勇気のいることだったでしょう。私だったらびびって絶対授賞式には行きません。いや行けません。おまけに英語ですよ。ミッション・インポッシブルです。

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2009年3月 9日 (月)

より悪くない選択

私のような自営業者は景気の悪化を肌でひしひしと感じます。景気の実感は直接的に現われてくるので、もうそれは明らかな事実です。そこでは何を選択するにしても、より良き選択の余地がさらになくなって、より悪くない選択だけが残されてくる場合もあります。比較級で言うと、最高、より良い、良い、現状、悪い、より悪い、最悪と言った具合に良いほうから順番をつけると、この頃は、より悪いことが少ないといった選択が残されているだけの時代になっているような気もします。ゆえに野党の党首が政治資金の問題で東京地検に聴取されようが、政府高官が与党に捜査が及ばないと言おうが、総理大臣の育ちが良くても、結果的に事態がより悪くなってもあまり悲観することは私にはないのです。もうそれはある程度おりこみ済みで生きているので、ノープロブレムです。より良き選択がもしあなたにあるとしたらあなたは相当な強運の持主か、はたまた大変な努力家であると自負して下さい。

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