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2009年6月 8日 (月)

食べることを言い表す言葉

 私たちに日々の暮らしの中で、食べる事の楽しみは案外に大きな比重を占めているような気がします。それが食べることを言い表した言葉が日本語にも比較的多い理由なのでしょうか?「食らう」とか「むさぼる」とか「ぱくつく」とか「平らげる」なんて言葉も食欲のダイナミズムをイキイキと表していますね。
 日曜日の朝日新聞に池澤夏樹さんが南アメリカ南端のチリ領ナバリノ島に住むヤガン族最後の一人になったクリスティーナというおばあさんがヤガン語の最後の話し手になったために、とうとう幼少期に覚えたヤガン語をもう誰とも話すことができなくなってしまったこと、それで孫娘にその言葉を伝えようとしていることが書いてありました。池澤夏樹さんはそのおばあさんと話をしたそうです。その際に彼が現地で入手したヤガン語の英訳辞書には。やはり食べることを具体的に表わす単語が載っていました。例えば「ダガタマ」という動詞は「大きな肉の塊を両手で持って食べる」ということだそうです。「トー・アトゥ」というと「運びやすいように鳥を首と足で束ねて縛る」ことを意味しているそうです。池澤さんが言うには私たちが日常扱うものがより既製品になっていくにつれて、作り上げながら自然と対峙したり共生してきたわたしたちの祖先の獲得したものが言葉とともに失われていく様子を実感をともなって見ている気がするそうです。私は味噌汁は必ず鰹節でだしを取るようにしています。だしの素は使いません。化学調味料の食後に舌に残る後味が気になってしまいます。でも田舎に帰って母の料理を手伝ったときにだしの素を入れているので驚いたことがあります。母も食にはこだわる人なんですが、こだわるポイントが人によって違うのは確かです。いずれにしても、手間を省いては美味しいものには出会えないようです。食を表す言葉がすたれてしまわないように、私はその手間にはせめてこだわりたいのです。

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