香田証生さんは何故殺されたのか?と「自己責任」について
総選挙がすんで、政権交代と云う大きな転換点を見ています。私は団塊の世代ど真ん中で、子供のころから55年体制でしたから、私が存命中にこんな形での政権交代を見ようなどとは夢にも思いませんでした。それがいとも容易く一晩で与野党が逆転してしまうとは、驚きです。あっけにとられてしまいました。むろんこれからについては全く楽観はしていません。
今になって思うと、4年前の小泉首相の「郵政解散」に続く自民圧勝は一体何だったのでしょうか。私がその当時のことで特に印象深く憶えているのはその前年にイラクで起こった日本人が関わった2つの人質事件でした。当時頻繁ににメディアに登場した一つのキーワードこそ、曰く「自己責任」でした。
発端は、2004年4月にイラクのバグダッドでストリートチルドレンの救援活動を行っていた高遠さんとカメラマンの郡山さん、学生の今井君、日本人3名がイラクのイスラム過激派に拘束されて武装勢力は人質の解放の条件として当時イラクで給水活動を行っていた自衛隊の撤退を日本政府に突き付けたあの事件です。高遠さんの身内の方が日本政府に要求をのむように発言してから、高遠さんや人質の家族に対してバッシングの嵐が吹き荒れました。当時私もそれに似たような感情を人質の3名に対して持っていました。”なんでこんな時期にバグダッドになんか行くのかなあ、捕まるにきまってるのに・・”それが「自己責任」の始まりでした。あんなところに行った奴が悪い、自業自得、国費を使って助ける価値がない等、ネット上でもご家族にかかってくる電話でも心ない非難が巻き起こりました。幸いにも高遠さんたちのケースは運よく現地の聖職者の仲介もあって無事解決をみました。しかしその半年後に起こった香田証生さんの拘束事件は「イラク聖戦アルカイダ機構」の幹部アブムサブ・ザルカウィによってその惨殺をネット上で公開されるという痛ましい結末を迎えたのです。私の手元に一冊の本があります。香田さんが亡くなって一年後に出された「香田証生さんはなぜ殺されたか」というタイトルが付いています。下川裕冶さんが書きました。最近この本を読んでから再び「自己責任」が都合良く持ち出されている我が国の政治風土に私自身が疑問を感じ始めていました。ずーっと派遣社員でいる人たちの自己責任。低所得者の自己責任。
当時、小泉首相の口から直接「自己責任」という言葉が発せられたわけではありません。でもこの事件が起きて、香田さんが処刑の日時を示された時、私にははっきりとこの国の政府も国民も彼を見殺しにすることが分かっていました。見殺しにされることが一番わかっていなかったのは香田証生さん自身だったでしょう。彼は日本にいなかったのですから。日本中に「自己責任」「自業自得」の論調がはばをきかせていました。彼のご家族は敬虔なキリスト教徒だと聞きました。ご長男を(生きるあかし)と名付けたご両親はおそらく祈ることしか出来なかったと思います。それでも各地で彼を助けようとする小規模のデモがあったようです。小泉首相があれほどの高い人気得ていることが、私にはとても理解できなかったのは、首相とこの国の政府がイラクで拘束された一人のバックパッカーを「自己責任」の論理を盾に見殺しにした事実を忘れることが出来ないからです。それに私も消極的にでもその論調を認めていたことを否定できません。人は誰でも間違いをおかします。でもそれが意図した犯罪ではなくて、無知であったり、経験が足らなかったり、単なるミスだったら、その間違いはその人の命をもって購わなければならない程の罪でしょうか。その一人の無力な国民がもう自分の力ではどうすることもできない苦境に立った時、もう「自己責任」のレベルをはるかに超えた困難に会った時、その人に手を差し伸べるのがその国の政府ではないでしょうか?それを果たす事こそが政治の「自己責任」であり、今回の選挙の結果はその「責任」が厳しく問われた結果と言えるような気がします。同時に、この国の向かう先を見届ける私たち国民にもその「責任」が重く問われていることは言うまでもありません。
| 固定リンク


コメント