2009年11月 2日 (月)

石川文洋写真展

先月の21日に宮城学院女子大学の礼拝堂ロビーで展示されていた。石川文洋さんの写真に行ってきました。ご存知の方もいらっしゃるでしょうが、彼はヴェトナム戦争を取材した一連の作品で高く評価されている写真家です。展示されていた写真の多くがやはり戦争をテーマにしたものでしたから、それは私たちに厳しい事実を突き付けているのですが、そんな戦闘の日常にぽっかりとあいた空白のような兵士のくつろいだ表情もありました。どの写真にも言えることは、眼です。非常に緊迫した兵士のまなざし、おびえた村民のまなざし、悲痛なまなざし、それらを凝視しているカメラマンのまなざし。最近話題になった、ヴェトさんとドクさんの双生児を生み出した枯れ葉剤の悲劇。もうヴェトナム戦争は過去のもののように思っていた私は写真の圧倒的なリアリティーによって強い衝撃を受けました。
 
帰宅してから、かなり以前に読んだ写真家の岡村昭彦氏の「南ヴェトナム戦争従軍記」をひっぱり出して読みました。この本とその中の写真には当時、同様に強い衝撃を受けたことを思い出しました。かってロバート・キャパや沢田教一の写真展を見たときに感じたのは、今回の展覧会と同様に、写真は静止した画像でありながら何故こんなにも私たちに雄弁にストーリーを語るのだろうかという素朴な疑問でした。ふんだんに動画に囲まれている私たちの日常にはこれらのモノクロームの写真が全く異なったメッセージを伝えてくれます。私たちがそれを個々に受け止めるだけの空間がこの白黒の画面には広がっているのです。

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2009年10月18日 (日)

お笑いの隆盛

 最近お笑い番組が増えましたね。お笑い芸人が出ている番組も入れるとお笑い関連が番組編成の大きな部分をしめているように見えます。遅い晩御飯を食べながら、そんな番組をみて大笑いすることがあります。好きな芸人さんもいます。それでも最近になって思うのは、これちょっと行き過ぎているのかなあと思うほどこの手の番組が多くて、強制的にくすぐられているみたいに、辟易することもあります。お笑いは本来テンションが高いものなので、そのいっぱいいっぱいのノリが時にやや過剰にヒステリックでサデティスティックに聞こえてくることがあります。この時代は相当に自分のテンションを加圧して暮らしている部分があるので、このお笑いの攻撃性はそんな時代の気分を直説的に反映しているのでしょうか。このところずーっと黒澤明の映画を見ていたので、映画全体に温かいユーモアと慈愛みたいなもの流れているんですよね、この感じいいなあ~。
 笑いの効用についていつも言われるのは、曰く免疫力を高める、脳の血流を増進する、人間関係を潤滑にする・・・。どれも事実でしょう。何といってもやはり自然に笑えるような生活環境が第一です。自然にそんな気持ちになりたいものです。

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2009年10月13日 (火)

ドブ板を踏んで

 今日は、月曜日の代休でお店を閉めています。それでも片付けるべき雑用はたくさんあって銀行にいったり、食材の買い出しとか、冷蔵庫の掃除なんかと数えればきりがない程やることがあります。なかでもどうしても欠かせないのが下水の掃除です。よく地震のあとにトイレの問題が一番先に来るっていうのは、実感としてわかりますよ。厨房の下水が詰まってしまって半日くらい営業ができなかったことは数回ありますから。他のことはなんとかなっても、お水が流せないと飲食店はお手上げなんです。最低ひと月に一度のペースで下水にお湯を通して通りをよくしたり、下水ますに沈殿した、汚泥や脂肪をすくいます。これをやっていると老廃物がどのように血管中に蓄積していくかがよくわかってきます。小麦粉やでんぷん質のものがサラダ油や、お肉の脂肪と一緒になると、堅いコンクリートのようになって下水管に付着するのです。それで下水管が詰まったり、流れが妨げられたりするのです。まあざっとやるだけなので、30分ぐらいで終わるからいいですけど、冬は気の進まない作業です。雪がちらついて居る時なんかは、なんでこんな事やっているのかなんて思わないわけでもないけれど、よくよく考えてみるとたとえばお百姓さんは、一年間丹精した作物が台風にやられてしまったり、洪水や干ばつでだめになっても結構、忍耐強くつづけてますよねえ。チットラにおいでになるお客様にお百姓さんがいらっしゃるのです。話がすこぶる面白くて、お話をうかがって吹き出してしまいます。それでお帰りになった後によくよく考えてみると、結構笑っちゃいけない話が多くて、それをあんなに軽~く語れるのが凄いと思います。それに比べればカレー屋なんて極楽です。カレーを作るのは好きなほうです。それにも増して人の作ったものを食べるのはもっと好きなんです。よし今度生まれ変わったら食べるほうにまわるぞと、かみさんに言うと、人間に生まれ変わるとは限らないよと言われました。coldsweats01

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2009年10月 5日 (月)

トンだ誤算

pig Epsn2044_5 先月の中ごろでした。おもいたって岩手県の「舘ケ森アーク牧場」に行きました。お店の休みは毎月曜ですからしばしばこのての施設はお休みのところが多いんです。調べてみると営業していると書いてあったので三陸自動車道から米山町、中田町をとおってようやく目的地にたどり着きました。写真のつぶらな瞳の子豚君はそこの豚舎で会いました。まことにこんな目で見られると今まで散々とんかつを食べてきた私の食歴を伏してあやまりたくなります。その牧場なんですが、結局は誰もいませんでした。係の人は一人もいませんでした。帰り際に工事関係者と思しきトラックを見かけただけでした。申し訳ないと思いつつ施設の動物を無断で見てきました。 この近辺には「岩手サファリパーク」なんかもあるんですけどともかく閑散とした有様でした。月曜日の観光地なんてものは大体そんなもんかもしれません。でも人っ子一人いないとは予想していない事態でした。宮城県から岩手県まで県境の郡部の街中は活気が無くて、店舗も閉まっているところばかりで食事するところを探すのが大変でした。
 先々月には長く取引していた業者さんの営業所が東北から撤退してしまいました。郡部の商店街を見ると地域の経済が疲弊している様子が実感として伝わってきます。牧場で美味しいアイスクリームと食事を予定していたのに、その目論見ははづれて、腹ペコの私は中田町のレストランに飛び込んで、とんかつ定食をむさぼり食いました。豚君ほんとうにご、ごめんなさい!pig

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2009年9月24日 (木)

連休が終わって

シルバーウィーク五連休が終わって、本日は月曜日の代休でお休みしました。高速道路、軒並みの渋滞だったようですね。新聞で読んだら車中一泊で遊びに行った方もいたようでした。そんな情熱に圧倒されそうです。
 チットラでは前半は忙しくなくて、後半はぼちぼちでした。これだけ休みが長いと当然皆さんが出かけてしまうので、営業的には特に目覚しい事は期待できません。
 月曜日だったと思うのですが、夜の営業で気づいた事は、すごくはらぺこのお客様が3組ぐらいいらっしゃって、オーダーの量が多くてこんなに食べられるのかと、こちらが心配しているとあっという間の完食でした。推測するに、出かけたところで食べ損ねて、空腹を抱えてとうとう仙台まで帰ってきたのでは・・・。実は私も先週の月曜日に郊外に出かけてお昼を食べ損なって彷徨ううちにお店のお昼の営業が終わりかける頃ようやくあるお店に飛び込んでセーフでした。人間おなかがすくと本当に悲しいくらい食べものの事しか頭に浮かばないものです。売れるのは嬉しいのですが、こんなに注文されて沢山残されるのも残念なので、ついついよけいなおせっかいでこんなに食べられますか?と聞いてしまいます。おなか八分目が健康の秘訣だそうです。私の祖母はよく「腹も身のうち」と言っていました。又時には「食うだけの娑婆(この世の中)」とも言っていました。どちらも真実であるには違い有りません。

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2009年8月17日 (月)

ありのまま

世界陸上の中継が始まって、ウサイン・ボルトがアメリカのゲイをぶっちぎって勝ってもどうもしっくりしないのは、メイン・キャスターの織田裕二さんのテンションの低さが一向に変わる気配がないことです。これで気づいたことはテレビの出演者は基本的に元気であることが必須要件だという事です。司会者がふさぎこんでいたり、コメンテイターが暗かったりすると見ている私たちにある違和感が生じます。織田裕二さんに関して言えば、世界陸上ではしゃぎすぎなどと週刊誌等でたびたび批判されていたようですが、
山本高広という芸人が強力に彼をデフォルメして見せたことも彼のプライドを傷つけてしまったのかなあ。真似されるほどインパクトのある役者ならいいじゃないですか。一緒に自分のコンサートで歌っちゃえばいいんですよ。織田裕二はいつもの自分らしくありのままが良いにきまってますよ。

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2009年8月10日 (月)

女優の生き方

 大空真弓さんがホームレスの老婆に扮してテレビドラマに出ていました。私の世代だったら大概の人が知っている大女優です。インパクトのある役柄にしても一時代は主役を張っていたような人がよくこの役を引き受けたものだと別の意味で感銘してドラマを見ました。女優さん(特にきれいどころの)は年を重ねながら、演技力に磨きをかけつつ、エイジングとの苛烈な戦いを強いられているはずです。しばらく見なかった女優さんがあるとき突然に若々しくリニューアルして画面に登場することなど今ではさして珍しいことではありません。名優マルチェロ・マストロヤンニが若い俳優の美貌を例えて、「ロバの美しさ」と言ったのを覚えています。ロバの美しさだってあるに越したことはないなあとは思いませんか?私がここで言いたいのは容姿に関する私のコンプレックスではなくて、アンチ・エイジングに対してプロ・エイジングの俳優さんも当然いるだろうということです。勇気がいることではありますが、人間を演じる仕事である以上、自然の摂理に従うあり方も有るはずです。特別に審美的な操作を加えずに年を重ねていくには真の修練と哲学が必要になるでしょう。最近亡くなった緒方拳さん、なかなか素晴らしい役者さんでしたね。
 大原麗子さんが孤独死したニュースを見て、その報道から彼女が女優の魂を貫いて生きてきたのかと知らされました。私たちの頭の中にある彼女のイメージからは決して自由になれなかった悲劇なんだろうと感じました。私自身は彼女のファンでも何でもなかったのに、一時なんだか言いようのない喪失感と寂しさにとらわれました。大原麗子さんという女優さんを私はスコシしか愛していなかったのに、実のところは、結構ナガ~ク愛していたのでしょうか。

 

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2009年6月22日 (月)

お掃除をしないと

 カレー屋はカレーを仕込んで販売するのが仕事です。又その他に、買い物や排水管の掃除、在庫管理等、結構やることがあるんです。今日は、私が最も苦手とする換気扇とレンジフードの掃除をしました。ついでにガスレンジのノズルの掃除もしました。これも定期的にやらないと火力が弱くなってしまうんですよ。都合で丸々5時間かかってしまいました。これはもうちょっとまめにやらないといけないなあ。たまにやるからこのような大ごとになってしまうんですねえ。一番好きな物を最初に食べる人が私です。苦手をついつい後回しにしてこんなことになってしまうんです。換気扇はどうしてあんなに徹底的に汚れるのでしょう?

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2009年6月15日 (月)

足利事件の菅谷さんの自白とは

足利事件で逮捕された菅谷さんが17年半ぶりに釈放されてテレビのニュースでその発言を聞いたとき、菅谷さんが何故当初やってもいない犯罪を犯したと自白してしまったのかと大概の人だったら疑問に思うのが当然かもしれません。事件当時テレビに流された菅谷さんの映像で、パーカーのフードをかぶって視線を落とした彼が間違いなく犯人だろうと思って何でこんないたいけな子供を殺してしまったんだろうと怒りを感じたのを覚えています。そうしていま冤罪を訴えてメディヤのインタビューを受ける彼を見ると今度は、この人はぜったに潔白だろうと感じてしまいます。私たちの映像から受け取る印象というものはこれほど不確かで、報道の仕方に大きく影響されてしまっているのでしょうか?
 私は一度だけ任意で警察の取り調べを受けたことがあります。1970年代の話です。当時私は世田谷区の経堂にある小さな本屋さんで本の配達をしていました。その日は近くの中学校に本を届けてから、宿直室立ち寄って用務員のGさんにも頼まれていた本を手渡しました。Gさんはあごひげを蓄えた、がっしりとした体格で、
若いころは日本共産党の非合法活動に加わって武装闘争をしていたという変わった経歴の持ち主でした。毎月たくさんの本を注文して頂くお得意様でした。彼の読書量は驚くほどで、学校の先生よりたくさん本を読んでいるのが彼の自慢の一つでした。それで私は、中学校にいくたびに宿直室に立ち寄って彼の若いころの武勇伝(?)なんか聞くのが楽しみで、その日がボーナスの支給日であることはそこでGさんから聞きました。翌日、本屋さんに世田谷署から電話がかかってきました。昨日支給されたGさんのボーナスが盗難にあったというのです。当日学校に立ち寄った業者からもすべて事情を聴取しているので手続き上のことだから任意で世田谷署に来てほしいとのことでした。書店のオーナーの許可を得て世田谷署に行くと、受付で私の名前を聞いたお巡りさんに案内されたのは、いわゆる取調室でした。よくドラマに出てくる小さな机が一つあって窓には格子がはめてあるあれです。すぐに刑事さんが入ってきました。40代前半ぐらいの男性でした。まあ掛けてくださいと言われて、窓際の席に座ると向かいに座った刑事さんから発せられた言葉は「やった事はわかってるからね。早く正直に話しなさい。これぐらいだったら微罪で済むから・・。でも嘘ついたら罪が重くなるからね。」私は怒るというより、あっけにとられてしばし言葉が出てきませんでした。すると彼は「あんた以前にも寸借詐欺やってるよね。調べさせてもらったから。」わたしは徐々に怒りがこみあげてきて、「私がGさんのお金を盗ったと疑われているんですか?」と尋ねると「やったでしょ。」「やってません。それに寸借詐欺ってなんですか。それも身に覚えがないですけど。」「早く本当のこと言えば、軽く済むからね。」「そもそも任意で事情をお話しすると聞いていたんですけど、これは取り調べですか?」「任意でしょう。あんたが自分で来たんだから。」やった、やらないの問答が20分ぐらい続いて私はとりあえず帰っていいということで、世田谷署を出てきました。帰り際に「もし本当に盗んだ犯人が見つかったら連絡してください。私が犯人ではないんですから。」と言いました。「いづれにしてもまた連絡しますから。」と含みを残した発言でした。数日後に中学校に行くとGさんがやってきて、「警察に呼び出されたんだって、悪いことしたね。この学校の生徒がやったって分かったんだ。」私は安堵して、改めてあの不愉快な取り調べ室でのやり取りを思い出しました。あの時私が自分の潔白を証明することができずに連日あのような言葉を浴びせられていたら私もおしまいにはやってもいないことを自白していたかもしれません。私のような市井の人間に自らの潔白を証明することはほぼ不可能です。ただ言えるのは私は自分が盗んでいないことを知っているし、本当に盗んだ少年も自分がやったことは知っているという事です。犯人と冤罪の容疑者は確実に分かっているということです。ちなみに世田谷署からその後何の連絡も報告も、むろん謝罪もありませんでした。

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2009年6月 8日 (月)

食べることを言い表す言葉

 私たちに日々の暮らしの中で、食べる事の楽しみは案外に大きな比重を占めているような気がします。それが食べることを言い表した言葉が日本語にも比較的多い理由なのでしょうか?「食らう」とか「むさぼる」とか「ぱくつく」とか「平らげる」なんて言葉も食欲のダイナミズムをイキイキと表していますね。
 日曜日の朝日新聞に池澤夏樹さんが南アメリカ南端のチリ領ナバリノ島に住むヤガン族最後の一人になったクリスティーナというおばあさんがヤガン語の最後の話し手になったために、とうとう幼少期に覚えたヤガン語をもう誰とも話すことができなくなってしまったこと、それで孫娘にその言葉を伝えようとしていることが書いてありました。池澤夏樹さんはそのおばあさんと話をしたそうです。その際に彼が現地で入手したヤガン語の英訳辞書には。やはり食べることを具体的に表わす単語が載っていました。例えば「ダガタマ」という動詞は「大きな肉の塊を両手で持って食べる」ということだそうです。「トー・アトゥ」というと「運びやすいように鳥を首と足で束ねて縛る」ことを意味しているそうです。池澤さんが言うには私たちが日常扱うものがより既製品になっていくにつれて、作り上げながら自然と対峙したり共生してきたわたしたちの祖先の獲得したものが言葉とともに失われていく様子を実感をともなって見ている気がするそうです。私は味噌汁は必ず鰹節でだしを取るようにしています。だしの素は使いません。化学調味料の食後に舌に残る後味が気になってしまいます。でも田舎に帰って母の料理を手伝ったときにだしの素を入れているので驚いたことがあります。母も食にはこだわる人なんですが、こだわるポイントが人によって違うのは確かです。いずれにしても、手間を省いては美味しいものには出会えないようです。食を表す言葉がすたれてしまわないように、私はその手間にはせめてこだわりたいのです。

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2009年6月 1日 (月)

脇道を行けば

このところちょっとした雑用で仙台新港の方面によく出かけることがあります。私の住んでいる泉区から行くのにはどういったルートで行けばベストなんだろうと古い道路地図をにらんで考えてみました。いくつかのルートが選択肢としてあって、実際にあさの通勤時間帯に走ってみるとルートによってかなり到着時間に差が出ることが判明しました。どうしたら信号通過の回数をへらして車が渋滞していないルートで走るかがカギのように思えます。ある日、これは空いているだろう思って通った脇道でやはり渋滞につかまって停車していると後ろの車が盛んに脇の農道に入っていくのです。その行く先を眼で追うと、あぜ道みたいなところを数台の車がすいすいと走っていきます。翌日はそのあぜ道をとおりました。2分くらい稼いだかなあ。そんなことがあってからふと信号で停車するたびに脇に延びている細道をみては、この道路がどこにつながっているかと好奇心がわいてきます。道路があれば必ずどこかにつながっているわけですから、私の知らない新ルートがあるのかもしれません。黒柳徹子さんが以前ラジオで、近道かと思って山道に迷い込んだとき、偶然に出会った車に、きっとこの車について行けば本線に戻れるとおもって必死について行くと更に更に山の奥に分け入って、とある農家に行きついてしまい、先導車の運転者に「あんたさっきからどうして私の家までついてくるのよ。」と怒られた話していました。おかしいですよねえ。

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2009年5月18日 (月)

何が共振しているの?

 とうとう新しいインフルエンザが日本に上陸して、一気に感染が広がり始めましたね。目に見えないウィルスがこんな具合に広がっていくことがすこしづつ実感を伴って恐ろしいと感じ始めました。私たちの身近でも起きたらと思うと、飲食店をやっている私はつよく不安を覚えます。それにしても、地球温暖化、海洋の酸性化、昨年の9月のリーマンショックから始まった世界的な不況の襲来や、それから派生するリストラ、就職難も明るい見通しが見えないのに、お次は豚インフルエンザなんて、2009年はなんという多難な年なんでしょうか。テレビである解説者が、今現われているこれらの事象を共振性と呼んでいました。震動が伝わっていくようにこれら一連の出来事が共振しながら広がっていくことらしいのですが、なんだか理屈は分かりませんが、感覚的に捉えると、そんなこともあるのかなあと思えてくるのです。そうでなければこんなありがたくないことばかり次から次へと起こってくる訳がさっぱり分かりません。

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2009年5月11日 (月)

海洋酸性化

 連休中に、閉店後に仕込みをしながらラジオを聴いていると、海洋の酸性化に関してこんなレポートが放送されていました。それは、5500万年前に地球上で火山活動が活発だったころ膨大な二酸化炭素が放出されたため、海水に溶け込んだ二酸化炭素は、本来弱アルカリ性である海水を酸性に変えて、その結果プランクトンの炭酸カルシウムが形成されずに、プランクトンが死滅して海洋の生態系に重大なダメージが生じた事、そして現在地球上に放出されている二酸化炭素は間もなくその時代と同等のレベルに達しようとしているそうです。南極海が早晩、死の海になり、次に日本の漁業にとって命綱の北太平洋の漁場に重大な結果がわずか50年程で表れてくるというものでした。地球の温暖化や食糧危機など私たちが想像していたよりずっと急激にに事態が進んでいるんですね。確かに昨今の値下げラッシュのなかでもお魚は高値どまりですね。魚が少なくなっていく、漁師さんが少なくなっていく、中国や、印度など人口のおおい大国の生活レベルが上がっていく。当然の帰結ですね。
 連休中は高速道路に何10キロメートルもの車の渋滞がありました。一方でエコポイントで省エネ商品を奨励しながら他方で週末にはマイカーが高速道路の溢れているのではこれはどう考えても重大な矛盾ではないでしょうか(* ̄ー ̄*)
 時々考えるのですが、もし知能が優れた宇宙人が時々地球を観察しているとすると、今この星で私たちが繰り広げている狂想曲はどんな風に滑稽に、悲しく彼らの目に映っているのでしょうか・・・・・。

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2009年4月27日 (月)

世界が狭くなって

世界が狭くなったと感じませんか?世界同時不況にしても、豚インフルエンザの広がりにしても、他国の衛星が上空を飛び越えていく事もすべて、私たちが自分の足とせいぜい馬ぐらいしか交通手段を持たなかった頃からは考えられない規模と短時間で事態が伝達していくんですね。ゴールデンウィークの皆さんのご予定はどうでしょうか。昨日茨城県からいらっしゃって、うちのお店に立ち寄っていかれたお客様は高速代が以前の5分の1になったなんておっしゃってました。他県のお客様も見えるけれど宮城県からの流出も随分ありそうです。私達はこの期間は必死に働いて、後に少し休みたいと思います。ゴールデンウィーク期間中チットラは無休で営業致します。世の中、レイオフだの解雇などの憂き目にあっている方々に比べれば働けるだけ幸せです。ぜひ御来店ください。

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2009年4月20日 (月)

火難の相

春先にあんかで低温やけどをしてようやく直ってきたと思ったら、焼けたフライパンに触れて、火傷しました。まあ調理人ですから火傷、切り傷なんてちょくちょくありますね。よほどひどい物でなければむろん病院なんて行きません。包帯を巻かれて、しばらくこの手は使わないで下さいなんていわれるに決まってますから。これでも以前に比べたら怪我しなくなったほうです。そして、外科の先生や看護婦さんはいつもケガを見慣れていらっしゃるのか冷静ですね。まだコックになりたての頃大きい包丁で指を切って私がひーひーと言っていると、お医者さんが「痛くない!痛くない!」って言うんですよ。そりゃあなたは痛くないでしょうが。切ったのは私ですから。そうは言っても、お医者さんが冷静でなかったら診察されている私たちも不安になっちゃいそうなので、冷静な態度を評価すべきなんでしょう。
 話しは突然変わりますが、先日ふと変な事を思い出したのですよ。神奈川県の川崎市麻生区に住んでいたことがあって、小田急線の柿生って言う駅なんですが、転出届を出すために支所で渡された書類の名前の欄に例として書いてあった名前が「麻生太郎」でした。その名前今でも使っているんでしょうか?それに麻生区ってもう無いのかなあ。なんでそんな事を思い出したと言うと、総理大臣の支持率がこのところ回復していると言うニュースを聞いたからだと思います。本当に「麻生太郎」って書いてあったんですよ。

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2009年4月13日 (月)

何でこうなったんだろう?

リーマンショックとかサブプライムローンとか世界同時不況とかさんざん聞かされても、どうにも私には分からないことばかりです。そもそもサブプライムローンってアメリカの住宅ローンでしょ。それがどうしたら最近の世界恐慌に結びついていくのかわかりませんよねえ。え~っ、わかっていらっしゃる。そうですよねえ。分かっている人もけっこういらっしゃるんですよ。分かったところでどうにもなりませんが、せめてこの世界がどこに向かっているのかぐらいカレー屋だって知っててもいいと思いまして、マガジンハウスから出た池上彰さんが書いた「14歳からの世界金融危機」を買ってきて読みました。理屈は分かりました。住宅ローンの会社から債権がリーマン・ブラザースのような投資銀行に売られて、それが証券化されるときに、福袋みたいにさまざまな債権がごちゃごちゃに入った、「合成債務担保証券」に加工されて、格付け会社からトリプルAのお墨付きをもらった金融商品を「ヘッジファンド」が購入する。リスクを軽減するためにAIGのような大手の保険会社からの保証をつける。かくのごとく世界中にばらまかれた証券はアメリカで住宅バブルがはじけたとたんに、世界的規模での金融不安が広がっていく時、壊滅的なダメージが津波のように金融マーケットを襲っていく構造になっているらしいんです。信用不安というものが広がっていくと今まで普通に取引していた銀行から貸しはがしや、貸し渋りをうけてわたしのような零細な商工業者はまさに受難の時代を迎えています。ここで私が知りたいのはこの不況の底は一体どのあたりなんだろうということです。夜明けは近いのでしょうか?それとも今もなお漆黒の闇に向かっているでしょうか。それがさらなるホラーストーリーならもう教えてくれなくてもけっこうです。
話は全く変わりますが、日曜日の晩にテレビでやっていた「レッド・クリフ」おもしろかったですね。あれの後半だったら映画館で見る価値あると思いました。見てみたいです。

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2009年4月 5日 (日)

何があってもおかしくない

海に出ればテポドンが落ちてくる、高速道路に乗ると正面から逆走車が、パンを食べると縫い針が入っていたり、入社式の前日に内定取り消しされたり、昨今何があってもおかしくない状況が有りますよねえ。
 数日前の新聞に明治、大正の新聞記事データベースっていうのがあって、それ読むとあんまりのんびりしていて笑ってしまいました。例えばこんな具合です。
1879(明治12)年「夜間、無ちょうちんで自転車に乗る者はこれからは処罰される。」今は無灯火だがライトのなかった時代はちょうちんだった。・・・・・とか、1922年に未成年の飲酒が禁止されるまでは子供が飲酒をしても罰せられることがなかった例として1889(明治22)年の「13歳の少年が浅草公園のそば屋でそばを7杯、酒を6合飲食したが、金がないので警察に突き出された」・・・ここで問題になっているのは少年の飲酒ではなくて、単に無銭飲食をしたという罪だけです。
1887年に大阪市にはじめて「予備学校」が生徒募集の広告をだしています。「高等中学校をはじめ国立、府県立の学校に入りたい生徒のための学校」と、うたっています。その年の大学生の数が全国でわずか864人、旧制高校の生徒は1658人だったそうです。そんな時代がこの国にもあったなんて信じられますか。
当時の日本は本当に貧しかったでしょうが、なんだかのんびりとして、単純ですこしうらやましく思えたりもします。 経済的には恵まれてはいなかったでしょうが、おそらく年間に3万2千人もの自殺者はいなかったでしょうね。何が今と違うのかなあ。

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2009年4月 2日 (木)

行く人、来る人

3月の終わりに、就職が決まって仙台を去るIさんがお友達とやって来ました。仙台に来たら立ち寄ってくださいとお願いして、ご愛顧を感謝してお礼を言いました。不思議な事にしばらく通っていただいたお客様が何らかの事情でいなくなると、また新しいお客様が現れます。翌日、栃木県から仙台に引っ越していらっしゃったご夫婦が来店されました。益子町の名店「けらら」のご常連だったそうです。「けらら」は創業が1978年といいますから、私が九段のインド料理店にいた頃はすでに開業されていたことになります。それでわたしは「けらら」の店主の山本さんには直接お会いした事がありません。山本さんの作るチキンカレーは絶品だという話しを聞いていただけです。奇しくもそんな因縁で来店頂いたこのご夫婦が「チットラ」のカレーも気に入っていただけると良いのですが・・・。そういえば大分県の「サールナート」に通っていたG君が私の店に現れたのも確か4月の初めでした。そのG君も海外青年協力隊としてヴェトナムに向かうそうです。行く人と来る人が入れ替わって、私は動かないで定点観察です。それで結構面白い話を聞けることもあるんですよ。

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2009年3月23日 (月)

オバマの失言は重い

日本の総理大臣の失言にはもう慣れっこになってしまって大概の事では驚かないけれど、19日のNBCテレビのトーク番組でのオバマ大統領の発言には落胆しました。ホワイトハウスでのボーリング大会での自らのスコアが振るわなかった事をスペシャルオリンピックス(知的障害者のスポーツ大会)ようにだったと述べたのでした。政治家がユーモアを交えてスピーチをするときにしばしば勘違いしているのは、オフレコではうけたジョークが必ずしもいつでも有効ではないということです。これはジョークになりません。自らもマイノリティーとして初の大統領に就任しておきながらこの発言はないでしょう。大統領はさすがにこの失言に気付いて、番組終了後にスペシャルオリンピックスのシュライバー会長に謝罪の電話を入れて発言の撤回をして障害者をホワイトハウスのボーリング大会に招待したい旨申し入れしたそうです。遅きに失してますね。私の好きな言葉があります。「自分より明らかに立場の弱い人たちへの態度でその人の真の偉大さが分かる。」。誰が、何処で言ったか分かりませんが特に人の上に立つ指導者には強く望みたいことであります。私も発言に気をつけるようしばしば家族より注意を受けています。

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2009年3月16日 (月)

一期一会か、それとも一期二会

最近になってしばしばお客様から受ける質問で、私とかみさんが密かに恐れおののいているもののひとつは、「ここ開店されたのはいつごろですか?」という質問です。「お店どのぐらいやっているんですか?」という質問もおもに営業時間に関するものではなくて、お店の開業以来の時間的経過をお尋ねになっている場合が多いようです。以前は屈託なくその質問に答えていたのに、昨今はその質問が出た瞬間に次のお客様の言葉を少し警戒(?)するようになっています。それはお客様と私たちの立場の違いによるもので、お客様に他意がないのは知っていても、私たちがへこんでしまう場合があるからです。
具体例をあげると、
例1「私、御店の開店の時来たんですよ、食べたくなってまた来ました。」
例2「家族で一度来たことがあって私その時子供だったんで、やっとこの場所探してきました。なつかしいなあ。」

例3「高校生の時通学時に御店の前毎日通っていたんですが、ここに御店があるの知らなかったなあ。」
例4「お店ができたころはけっこう通っていたんですよ。それ以来だから何年になるかなあ。でも遠くに(伺えば仙台市内に)引っ越してしまってからなかなかこちらに来れなくてね。」
これを言われると私へこみます。完全にへこみます。
一期一会と言えばこの世の常ではありますが、あまりに時間が経過しているので、それを聞いた私たちはこのお客様とはもう生きては会えないであろうと思いつつやはり「そうですか。それはわざわざどうもありがとうございます。」と言って、こののち20年先が絶望的に遠い未来に思えてしまいます。先日はお客様の開店の年月日に関する質問に私は「え~っと、忘れました。」と言ってしまいました。かみさんはお客様に理由をお話して話題を変えていただきました。何年ぶりに来ていただいても、また来ていただかなくてもそれは全くお客様の自由です。ただ私たちがそれを伺っても答えようのないこともあります。人間が未熟なんでしょう。どうもそういうところに違和感を覚えてしまうんです。

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2009年3月10日 (火)

へそ曲がりの真骨頂

 先週の「週間朝日」に小説家の村上春樹氏がエルサレム市での「エルサレム賞」の授賞式でのスピーチが全文紹介されていました。さすが小説家は言葉を操る事に長けているなと感心しつつ読みました。自らの職業を嘘を紡ぐ専門家と称しています。そしてその嘘が法外で独創的であればむしろ賞賛を受ける特殊な職業であると笑いを誘っているのです。私が共感を覚えたのは自分の周辺の大概の人たちがイスラエルのガザ地区での軍事行動を受けて、授賞式への出席と受賞そのものを辞退するように進言したにもかかわらず彼が敢えて受賞を許諾してエルサレムまでやって来た理由を「人から言われたことの全く反対の事をやりたくなるというところが、私にはあるのです。」と語っている事です。この感じ分かります。私も、はやっている物や大概の人気商品には殆ど関心を持たない、又は持たないようにしているへそ曲がりなので、世間を狭くして、すぐに少数派になってしまう傾向があります。残念な事に村上氏のような特筆すべき才能がないのでよりぱっとしない結果になります。分かってはいるのですが、これは性分なので直りません。
 彼のスピーチは全文読んでみると暗喩が多くて思ったほどイスラエル批判の刺激的なアジテーションは含まれてはいませんでした。これはやはり彼がイスラエルの国民にも真意を伝えたいと思って直接的な非難の論調を避けた結果だろうと感じました。それでもイスラエルの首脳の前でこのスピーチをするのは勇気のいることだったでしょう。私だったらびびって絶対授賞式には行きません。いや行けません。おまけに英語ですよ。ミッション・インポッシブルです。

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2009年3月 9日 (月)

より悪くない選択

私のような自営業者は景気の悪化を肌でひしひしと感じます。景気の実感は直接的に現われてくるので、もうそれは明らかな事実です。そこでは何を選択するにしても、より良き選択の余地がさらになくなって、より悪くない選択だけが残されてくる場合もあります。比較級で言うと、最高、より良い、良い、現状、悪い、より悪い、最悪と言った具合に良いほうから順番をつけると、この頃は、より悪いことが少ないといった選択が残されているだけの時代になっているような気もします。ゆえに野党の党首が政治資金の問題で東京地検に聴取されようが、政府高官が与党に捜査が及ばないと言おうが、総理大臣の育ちが良くても、結果的に事態がより悪くなってもあまり悲観することは私にはないのです。もうそれはある程度おりこみ済みで生きているので、ノープロブレムです。より良き選択がもしあなたにあるとしたらあなたは相当な強運の持主か、はたまた大変な努力家であると自負して下さい。

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2009年2月17日 (火)

日本の誇り

 日本の財務大臣がG8で困ったチャンになっている頃、イスラエルのエルサレムでイスラエルの文学賞「エルサレム賞」の授賞式ののぞんだ村上春樹氏がイスラエル軍のガザ地区への侵攻を非難するスピーチをしましたね。テレビのニュースでそのスピーチの一部を聞きましたが、立派なものでした。イスラエルとガザ地区の住民を壁と卵に例えて「卵と壁が衝突すれば必ず卵が潰されてしまいます。私はそんな時は卵の側に立つことにしています。例え卵が間違っていてもそうします。」と発言しました。昨年末から始まったイスラエルのガザ空爆と地上軍の侵攻、一時停戦の後も封鎖と占領が続いています。そんな折「エルサレム賞」を辞退を求める声の中で、あえて授賞を受諾して、その式典のスピーチできっぱりとイスラエルを非難した村上氏は私たち日本人の誇りだと思いました。
 ガザ地区といえば、NPO法人「地球のステージ」代表で山形県在住の精神科医の桑山紀彦氏は空爆が続くガザ地区に入ってラファの市立病院で医療活動をされたそうです。その後日本に戻って実際に現地で起こっている事をメディヤを通じて伝えています。彼も日本人の誇りです。
 こんな具合に、日本人の中にはかくも志の高い人たちもいるのです。酔っ払いの政治家が一人二人いてもがっかりしません。

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2009年2月16日 (月)

おあやまちは、おあやまりなさい

ローマで行われた主要8カ国財務相、中央銀行総裁会議後の中川財務、金融相の記者会見見ましたか?あれを見て彼がシラフだったなんて誰も信じないでしょうね。笑いました。中川財務相の表情も面白かったけど、両側にいる2人の当惑した様子がおかしくて笑いました。こんなに天然で笑わせてくれるなんて政界に置いておくのがもったいない。あれをほとんど風邪薬のせいにしてしまうと風邪薬に怒られますよ。「酔っ払っていました。すいませんでした」と率直に謝りましょう。うそをついちゃいけません。angry

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キャンドルか、ローソクか?それが問題だ。

テイク・アウト用の容器を買いに近所のお店に行きました。このお店が近いところに出来たので大いに助かっています。それまでは卸町のほうまで買い出しに行っていたんですよ。カレーソースの容器を買ったついでお店で使えそうなグッズをあれこれみているとよくカップルが行くような雰囲気のあるお店においてあるキャンドルが置いてありました。お値段もお手頃です。ライトを落としてこういうキャンドルを灯すとちょっとロマンチックかなあなんて、「チットラ」の店内がキャンドルに照らされた光景を頭の中でめぐらせてみました。ああ~っこれはダメダ。絶対にダメダ。お店に入ってきたお客さんに即座に聞かれるにきまってる。お客様はきっとこう言うに違いない。「停電ですか?ローソクなんかつけて。」 (* ̄ー ̄*)

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2009年2月13日 (金)

プレゼンテーション能力の差

意見の求められた時、自分の考えを効果的に伝えようとする時、何かのメッセージを誰かに伝える時私たちのプレゼンテーション能力が大いに問われる場面です。最近その能力が私たちの生活の場面でもその重要性を増しているように思われるのです。テレビで見た大阪のおばちゃんたちのプレゼン能力の高さ、もう堂々として圧倒されます。見ているこちらが恥ずかしいと思えるほど言いたい放題で、なるほどと思わせる説得力もあったりします。
 それをプレゼン能力と言うかどうかは異論もあるでしょうが、お笑いの世界で活躍している人たちには相当の不条理もわれわれに受け入れさせてしますほどの伝達能力があるのは間違いありません。
 そして何といってもプレゼン能力が最も要求されているのは政治家です。最近ではバラク・オバマの就任式でのスピーチは新聞の一面を使って紹介されました。さて我が国の総理大臣とはそのプレゼン能力に歴然たる違いを感じても不自然なことではありません。昨日その郵政民営化をめぐる発言にとうとう小泉前首相が異議を申し立てました。ここでも麻生、小泉両議員のプレゼン能力の違いを見せられています。でも私がここ注目しているのは事の成り行きを見守る興味からではなくて、ひょっとするとこれはとんでもない出来レースかも知れないという疑念です。麻生首相に反駁する小泉前首相、怒り狂う森前首相。小泉前首相が推薦する総理大臣候補の出現、解散総選挙、下馬評を覆して与党の勝利なんて有り得ないことが起こるのが政治の世界です。政治家がこの手の策略にたけているのは当たり前です。そうやっても選挙に勝つための知恵は世代をかさねて身につけていますから。成り行きを見守っていきたいと思います。

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2009年2月 9日 (月)

庶民の心意気

消費が低迷して物価が継続的に低落しているのならデフレーションですよね。昨今の世界的不況はデフレーションなんでしょうか?でも食材を調達するときにはさほどその恩恵には浴していないんですよ。この頃やっとサラダ油が昨年中ごろの価格まで落ち着いてきて有難いとは感じつつ、でもこの高値どまりのデフレはやはり厳しい現実です。最近近所の八百屋さんの「フレッシュ・クロダ」に度々行って買い物してます。形や規格が違う野菜をかなりお手頃な価格で売ってくれます。庶民の味方です。時々気の毒なくらいの値段が付いているのみて、同じ自営業としては大変だろうなあ同情しつつ心意気があるなあと感心したりもしてます。当然そのお店は開店と同時に大変なにぎわいです。がんばっています。私も大いに助かっています。チットラでも特別メニューでそういう心意気みたいなものを示していたつもりでしたが、採算に問題があって昨年いっぱいで取り下げてしまいました。それでも単発として何か新しいものもお客様提供できるようにこれからも頑張ります。
 
とにもかくにもその八百屋さんみたいな「心意気」を今の政治の中で示して欲しいなあ。定額給付金の金額をふやせって言ってるんじゃないですよ。taurus

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2009年1月26日 (月)

信じる者は救われる。じゃ、信じない者は?

 イスラエルのガザ侵攻で住民に1300名に死者が出たといいます。オバマ米大統領は、イスラエルの正当性をはっきりと支持しました。これは予想どおりです。強大なユダヤ資本とユダヤロビーを敵に回して、始まったばかりの政権運営が上手く立ちゆくわけなどありません。自らもイスラム教徒の実父を持ちケニアに生まれて、後にインドネシアでも過ごしたことがある彼はこれから何らかの形で中東の和平に関わっていくのでしょうか?新聞によると彼が中東和平の特使として任命したのはジョージ・ミッチェル氏(75)だそうです。98年のアイルランド和平交渉の立役者であり、その生い立ちはといえば、レバノン人の義父母に養育されて、アイルランド系の父とレバノン移民の母を持っています。この人が文字通りキーパーソンになりそうです。
 新聞読んでいてもうひとつの記事に目が留まりました。
「無神論バス英国各地走る」です。英国を走るバスの車体に掲げられたキリスト教団体の広告
「キリスト教徒でなければ永遠に地獄で苦しむ」に反発した劇作家のアリアン・シェリンさんが無神論者のグループから寄付を募って約1900万円を集めました。そして出した反対広告
「神は多分いない。くよくよするのはやめて人生を楽しもうー」を車体に掲げたバスが英国各地を走っているそうです。私は断然シェリン派です。そしてどういう訳か、毎年クリスマスが近くなると実家の宗旨である浄土真宗教徒になってます。なぜかそうなってます。ユダヤ教もモーセが率いてエジプトを出たへブル人は階層の低い人たちだったというではありませんか。キリストはユダヤ教の律法に触れることさえ許されない身分の人たちに福音をもたらしました。ムハンマドは戦争未亡人を救済するために一夫多妻を認めたと聞いたことがあります。ヤハウェであれ、メシアであれ、アッラーであれこれほどの殺戮が世界中で主に宗教的対立から繰り広げられているのが残念です。本当に残念です。

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2009年1月20日 (火)

ガラパゴス化するって何?

ちょっと前の週刊文春に椎名誠さんが”ガラパゴス化する日本”というコラムを書いていました。そもそも「ガラパゴス化」って何?というわけですが、これは椎名さんの造語ではなくて、「ガラパゴス化する日本の製造業」(宮崎智彦=東洋経済新聞社刊)という本のお話なんだそうです。私はその本を読んでいないので、孫挽きであまりいい加減なことはいえないのですが、赤道直下のガラパゴス島で独自の進化を遂げた生態系と昨今の日本の、携帯電話、デジタル放送、非接触ICカード、建築業、エネルギー、環境分野、会計制度などなど・・・。枚挙にいとまがないくらいに日本国内で独自に発達して、国内マーケットだけで通用している分野があるそうな。言われてみれば、ビデオのベーターから最近生産が打ち切りになったレーザーディスクやMDやそういったもの、ごまんとありますねえ。その手のモノで世界市場から見ると、全く互換性がなくて、高度に発達しつつ、なお市場は国内だけというのはなんだか逆にスゴイと言えなくもないですよね。うちにもレーザーディスクプレーヤーあるんですよ。いつかソフトを揃えて・・なんて思っているうち終わっちゃいました。そういえば、わがチットラもインド料理の本流から独自の進化を遂げているのではと、かみさんに言ったら、「退化してるかも。」とのお言葉。キビシ~~ッcoldsweats01・・・

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2009年1月 1日 (木)

アケオメ、コトヨロ

Newepsn1750 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。皆さんはお正月をどのようにお過ごしでしょうか?
私は言うと、元旦はかみさんの実家がある岩出山にやって来ました。朝お雑煮とぜんざいをいただいた後で、腹ごなしに岩出山八幡神社に来ました。午前中はまだ初詣に訪れる人も多くないので急な石段をゆっくりゆっくりと上がっていきます。日頃の運動不足と寝不足のせいでたちまち息が上がってしまいました。足音に呼応して鬱そうとした木立に積もった雪がぱらぱらと冷たいシャワーになって降りかかると寝ぼけていた意識が徐々に覚醒してきます。ようやく登りきって、拝殿に参拝しました。そうして鐘をついて、おみくじで今年の運を占いました。小吉でした。もし私の今年一年の暮らしが小吉な運気で展開してゆくなら私には何の異存もありません。どうか皆さんも大過なく今年一年過ごされますようにお祈りいたします。

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2008年12月31日 (水)

年の終りに

一年が過ぎてゆくのがあっという間ですね。大変な時代が始まっていることをしばしば実感しています。でもなんとか大みそかを迎えているわけですから、私などはかなりラッキーな方ではないでしょうか。職を失って、住む場所さえない人たちのニュースは観るたびに他人事とは思えません。私の店のような小さな場所も世界の動向を何かしら反映しています。それをより明確に意識できるような一年でした。2009年に何が私たちを待っているにしても、知恵を絞り、勇気をもって時代に対応できるようにやってゆくつもりです。お客様のご愛顧を感謝しつつ、来る年のご多幸を心よりお祈りいたします。有難うございました。

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2008年12月22日 (月)

反自殺クラブ

休みの日にゲオに行ってレンタルの映画でもと思い立ってゲオに行きました。めぼしいものが見当たらなかったけれどなんだかそのまま出てくるのもしゃくなんで、文庫本を買ってきました。石田衣良の「池袋ウエストゲートパーク」シリーズの「反自殺クラブ」というのと安部譲二の「私のムショ修行」の2冊です。刑務所の話はなかなか興味深いものがありました。幸いにして行ったことはないし、やはり行きたくはないところであることが改めて分かりました。インテリでヤクザなんて全く背反する二つの要素が一人の人間の人格に統合しているなんてそれだけでもおもろ~です。どうしてこんなインテリがヤクザなんてやってるのかなあ。でもある部分は完全にヤクザなんで、不思議な人格のコラボになってます。
 「池袋ウエストゲートパーク」はテレビでしか見たことがなかったけど、石田衣良の感覚、現代的でシャープだしエンターテイメントだし好きになりました。自動車メーカーの大量解雇みたいにもう人がものみたいに扱われる時代には自殺が蔓延していくことが当然のようになっていくとしたら、どうしたら死ななくてすむのか?遺族にならなくて済むのか?加害者にならなくて済むのか?「反自殺クラブ」の最後に人はどんな些細なことにも絶望して死に、どんなわずかな希望にもすがって生き延びることができるとありました。同感です。そんなささやかな希望すら与えられない、見出す事の出来ない時代にはなっては欲しくないと切望しています。

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2008年12月15日 (月)

年賀状を書き始めました

例年より早く年賀状を書き始めました。こんなに早く始めたのは異例のことです。昨年なんかは大みそかからお正月にかけて書いていました。まあ例年はそんなところです。私は生来筆不精です。字が下手なことと、漢字を知らないことが筆不精にさらに磨きをかけてしまいました。よくよくのことがなければ手紙は書きませんが、それでも幸いなことに近年はメールという便利なものがあるために悪筆と識字の問題は気にならなくなりました。年賀状を書くのは正直億劫と思いつつそれでもこんな機会がなければより一層疎遠になってしまう友人や親せき、家族と一枚のはがきでもつながっていたい気もしています。

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2008年12月 8日 (月)

私がハケン、なんて

 毎日お店にいろんな電話がかかってきます。お客様からのお問い合わせが少々と大概は電話会社からの通話料金に関するもの、お墓を買いませんかなどといったサキヨミなお誘い(そう先でもないか・・・gawk)などです。
 数日前の午後かかってきたのはこんなものでした。
「(相手)もしもしチットラさんですか?」
「(私)はいそうですが」
「オーナーさまはいらっしゃますか?」
「はい、私ですが」
「〇〇ヒューマン・リソースと申しますが、いつもお世話になっています。」はて、私はそそんな会社をお世話したことなど記憶にありません。でもお世話になっていますは業界用語ではこんにちは程度の意味しかないので、
「はいどうも」と答えると
「あのー、本日は派遣のお願いで連絡させていただきました。」後になって考えてみれば誰かスタッフ~のご用命はありませんかといった内容に決まっているのに、とっさに私の頭は先走りして、
「え~!!、誰が何処に派遣されるんです(゚m゚*)?」と聞いてしまいました。私よりもっとあわてたのは先方です。
「ち、違うんですよ!!お宅様に私どもから派遣をさせて頂きたいというお願いなんです。」其れはそうに決まっていますよね。これは業者さんをからかう私のギャグではなくて、どういうわけかとっさにそんなことを思ってしまったんです。第一私は派遣会社に登録した覚えがないんですから。このところお客様からうかがっている世情やお仕事の話、連日のニュースで派遣の方々が大量に解雇される見聞きしていたことが私の連想の飛躍の原因であったようです。むろんヒューマン・リソースに関しては十分に足りているので、丁重にお断りしました。ちっちゃい店ですから(o^-^o)。

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2008年11月25日 (火)

土の力

仕込みをしながらラジオで聞いた話です。1959年に栽培されたピーマンと2000年にとれたものではその栄養価に格段の違いがあるというのです。ビタミンBとCは2000年のものは1959年のものの約3分の1、ビタミンAにいたってはおおよそ18分の1しか含まれていないそうです。これは驚きの数値だと思いませんか?私も確かに野菜の味が子供のころに食べたものとは違うなとは思いましたが、これほどに栄養価の違いがあるとは・・・。ラジオでお話をされていたのは山形県の長井市で家庭から出る生ゴミから作ったたい肥でおいしくて栄養価の高い野菜を作ってそれを市内の家庭で購買するという「レインボウ・プラン」を立ち上げてそれを実現された方でした。お名前は忘れてしまいましたが、言うは易しで、これを実現するために、農業の傍ら自ら集めた生ごみの分別や、学校の子供たちへの講演、地域で啓もう活動などなど大変なご苦労があったようです。そのきっかけはやはり農業に携わる者として、作物の栄養価の劣化を深く懸念する気持ちでした。それには当然、地の力が劣化していく半世紀の過程があるわけです。昔は牛や馬からでる糞もたい肥として利用されていました。むろん人間様のものもです。それが農業形態の変化に伴ってしだいしだいに化学的なものに取って代わられるにつれて形は同様でも、その栄養価が18分の1になってしまう結果にいったてしまいました。味も変わるわけです。トマトなどは確かに全く違ったもののように感じることありますね。さて私たちはどうすればいいんでしょうか?情けないことに私にはどうしたらいいのか分かりません。今ゴミの分別や出し方がますます厳しくなっています。そのついでにと言うと語弊があるのですが、山形県長井市の「レインボウ・プラン」も考慮するべきではと思っています。

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2008年11月17日 (月)

同窓会の話Ⅱ

Newdsc_8988 続きです。2列目の一番左端が千葉の検見川で名店「シタール」をあけていらっしゃる増田さんです。私がアジャンタに入ったときすでにお店をあけていらっしゃいました。大繁盛店です。出世頭といってもいい方です。後進の面倒見もよい人です。 最後列で増田さんの向かって右肩にいらっしゃるのが「おく谷」をというお店をされている奥谷さんだと思います。面識がないので自信がありません。最後列左から2番目が塚本さん。写真を送ってもらいました。タンドールのスペシャリストで「たんどーる」というお店でインド料理をベースにした新感覚のインドカレーを提供しています。メディヤに登場することも多いようです。最後列左から3人目はインド・アメリカン貿易商会の野口さんです。インド料理の食材を扱っている会社の若社長で後で紹介するカリー番長の水野さんとも親交が深いようです。次に最後列の中央の二人は「アンジュナ」の藤井さんのお弟子さんです。お名前は磯邊さんと鵜沼さんですが、どちらがどなたなの分かりません。初めて会った方なので、聞いたのですが失念しました。その右側にいる青年(赤い服の瀬口さんの右肩)が当年50歳になる小松崎さんです。本当に若くみえるなあ。千葉の船橋に「サールナート」を開いて16年もがんばっています。小松崎さんの右手にいるのは日下部さんです。以前は幡ヶ谷で「スタンダーズ」というお店を出していらっいました。キース・ジャレットのスタンダーズにちなんだ店名で大のジャズファンです。ビーートルズとジョン・コルトレーンの日本公演の両方とも見たという伝説の人です。私の大好きなイタリアの女優さんクラウディア・カルディナーレとエレベーターに乗り合わせたという強運の持ち主でまっことうらやましい限りです。日下部さんの右手、アロハの藤井さんの型口にいるのが勝俣さんです。今は紀伊国屋書店にいらっしゃいます。私が働いていたころは法政大学の学生でした。チットラにも一度来てくれました。カレーを食べ終わって、「ご存知でしょうか、勝俣です」といったセリフが印象的でした。彼の肩口にいるのがカレーに関する著作が多い、カレー番長の水野さんです。番長というからにはかなりコワモテの人を想像していたら、小柄で少年のような人でした。でもカレーやスパイスに関する造詣は立派なものです。水野さんの左奥に少しお顔が隠れているのがフリーライターの深町さんです。昨年「dancyu」で私たちアジャンタ出身のコックさんの記事を書いてくれました。この同窓会のきっかけを作ってくれた人です。最後に右端にたたずむ美女はその「dancyu」の編集部から出席された杉淵さんです。おそらくもうこんなにたくさんのアジャンタOB,OGと会えることなんてないと思ってついつい長々と書いてしまいました。

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同窓会の話

Newdsc_8990_6  本年9月24日に千代田区麹町のインド料理店「アジャンタ」で行われた同窓会の集合写真です。この写真は中野区沼袋の新インド料理「だんどーる」のオーナーシェフ塚本さんから送って頂きました。同様に高幡不動のインド食堂「アンジュナ」の藤井さんからも写真や名簿を送ってもらいました。お二方に感謝です。正直申して、これだけの人が集まるとは、あらためて驚きです。そしてもし次回があったとしても再びこれだけの人数が揃うかは分かりません。こんな時代です。歳の順からいえば、私なんか最初に居なくなってしまう運命にあります。どうしても昔の仲間に会っておきたかったですねえ。私はこの麹町店が開店して間もなく、九段のお店をやめて、しばらくのちに東京を引き払って、仙台にやってきました。私が辞めてから麹町「アジャンタ」で働いていらっしゃった方たちには今回初めて会いました。それでもなんだか懐かしい気持がしたのが不思議でした。改めて写真を見ると、過ぎた歳月も感じます。やはり出席しておいてよかった。私にはまったくゴージャスな顔ぶれです。この人たちに会えなかったら絶対インド料理をやっていなかっただろうとそれだけは言えます。とりあえず私が知っているだけの人を紹介させてください。写真をクリックしてもらうと若干大きくなります。最前列左側から「アジャンタ」の総帥ジェイ・ムールティさんです。その右が奥様、写真中央の女性が昨年急逝された神奈川の「シタール」石原さんの奥さまでお店を移して横浜市能見台で再開されました。がんばっています。前列右から2番目が私が生涯の師と仰ぐ通称(おじちゃま)こと小森さんです。さいたま市で「さらじゅ」というお店をやっていらっしゃいます。当時は洗い場もこなす、しかし信頼の厚いシェフでした。ひょうひょうとして暖かい人です。でも何故かロン毛になってました。前列右端のじじいが私です。私の向かって右肩口にの立っているアロハシャツは「アンジュナ」の藤井さんです。同窓会の幹事をやってくれました。最近「チューボーですよ」に街の巨匠としても出演されています。藤井さんの隣にいる女性は田久さんです。私は会ったことがなかったのに勘違いしていました。麹町のアジャンタのホールにいらっしゃたそうです。次に私とおじちゃまの間からおちゃめな顔をのぞかせているのが木川さん。昔、ご実家が千葉の館山の映画館を経営されていたので、小さい時女優の浅丘るりこさん抱っこされたことがあるらしいです。本当に仕事ができるコックさんで、仕事がめっぽう速いんですよ。ずいぶん教えてもらいました。その横でまっかなポロシャツで腕組みしているのが大分県で「サルナート」を25年もやっている瀬口さん。北インド料理にも精通していました。生粋のナチュラリストです。私は大好きですねえ。その横の黒いポロシャツの女性がフローレンスさんで、その左の白いポロシャツの奥村さん(日ハムで食品開発をやっているそうです。)の奥様です。アジャンタで職場結婚されました。奥村さんはアジャンタで最も長年勤務されたコックさんで腕の立つ人でした。その左に立っているのが奥野さん。誠さんなんですがみんな「とこま」さんって呼んでました。ケイビングをやっていたので、地底の話聞かせてもらったなあ。とこまさんの横の方、つまり第2列の左端の男性わからないんですよ。名簿を見るとおそらく石原さんのお弟子さんで「スパイスカフェ」をやってらしゃる伊藤さんではとおもわれるのですが、間違っていたらごめんなさい。あまり長尺になったので続きにしていったん終わります。

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2008年11月10日 (月)

筑紫哲也さんが死んだこと

 筑紫哲也さんが亡くなったニュースはなんだか突然でそれが何を意味しているのかは、そのあと多くの言論に関わる人々の反応や報道の大きさで次第に私にも伝わって来ました。本音を言いますと、ガンで降板される前のここ数年、筑紫さんの番組をあまり見ることがなかったのは、滑舌のもつれや、言葉がすぐに出てこない近年の筑紫さんの様子がなんだか痛々しくて、もどかしい思いだったからです。筑紫さんがそんな有様で、番組にしがみついているのが潔くない態度であるように思っていました。
 世界が急激に変化していく時、ともすると私たちはその「変化」のみに心を奪われて「変化してはいけないもの」を忘れてしまいがちです。それを繰り返し繰り返し、事あるごとに発言されていたのは筑紫さんでした。筑紫さんですら、そういう発言をする場がもう沢山ないことを知っていた。そのためいつまでもあのポストにこだわっていたのかもしれません。私の世代にはもう有力な論客はほとんどいません。自らの血と汗とペンで言論を切り開いてきた団塊の世代の論客がいないのが、団塊の世代の怠慢と日和見のなせる結果であると自戒しなければなりません。

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2008年11月 4日 (火)

上山市 斎藤茂吉記念館

Newepsn1671 10月の終わりにたまたま所用で山形市に、ついでにちょっと足を延ばして上山市まで行きました。斎藤茂吉記念館は予想以上に立派なたたずまいでしたね。私が知っている斎藤茂吉の和歌といったら、学校で習った「のど赤きつばくらめふたつ・・・」くらいです。アララギ派の代表的歌人だそうです。医者と歌人という2足のわらじをはいてその両方で功をなし名を遂げたのちに家族に看取られて大往生の生涯。しあわせな人だったんですね。息子さんの斎藤茂太さんはしばらく前に亡くなりましたが、二男の北杜夫さんは存命です。一族を描いた「楡家のひとびと」など、こんど読んでみようかな。

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2008年10月22日 (水)

次々と

このところ、厨房の備品がつぎつぎに壊れています。ライスの保温機を買い替えたら、次はガス炊飯器、それも買い替えたら、次はフードプロセッサーこれは修理できるところを現在検索中です。それから水回りの不具合です。これも今から業者の方に見てもらうようにお願いしてあります。お店で使うファンヒーターも修理して今日取りに行ってきました。買うよりはちょっと安いくらいの修理費を払いました。そのつぎはガス湯沸かしの着火が良くないのでこれも見てもらわないとね。やれやれ、よく次から次へと壊れるもんです。でもこういう年度が必ずあるみたいです。今年が其れに当たったんですかねえ。こういった細々とした修理費をねん出しながらどうやら年を越えられますようにと、ガネーシュや八百万の神様にお願いしています。

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2008年10月19日 (日)

小さきまま

Newepsn1660 お客様から分けていただいたコスモスを駐車場の片隅に一群れ植えて、かみさんが時々面倒をみていると、3年目になって背丈のひょろ長いコスモスに成長しました。今年は天候の具合が順調でなかったので、いつもだったらとっくに花をつけているのにようやくそれらしい様子になってきました。殺風景な駐車場の片隅のその部分だけちょっとほの明るい輝きを放っています。
 コスモスを見るたびに、以前仕込みをしながら聞いていた「ラジオ深夜便」で障害者に教育にかかわっている方が「小さきまま、折れたるままに、コスモス咲く」というような趣旨の話をされていたことを思い出します。実際折れたまま、小さいままでも咲くんですね。いろいろな示唆を感じさせる言葉です。そう思って、
けっこう精一杯に咲いているんだなあとすこし感慨をもって眺めたりもします。

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2008年10月13日 (月)

緩慢なまたは突然の自死

 不思議な感じがしています。三浦和義被告がロスアンゼルスで自殺したニュースを聞いたとき、最も自殺が似つかわしくない人だったのにと・・・。80年代に文春の「疑惑の銃弾」報道で連日のようにメディヤに登場した彼は自ら誘引物質をまき散らしながら、好んで、その疑惑を更にふかめているのかとさえ見えていました。「サンデージャポン」の中でテリー伊藤氏が、三浦被告の特異な性格と狂言自殺失敗の可能性の見解を述べていました。それが私には最も説得力のある説明でした。
 それともう一人、名優緒形拳さんが肝臓がんで亡くなったニュースでどうも合点がいかないのは、10年も前に肝硬変からがんに移行したときから手術も治療もしていないのは何故なんでしょうか?最後の仕事も見事にクランクアップして、家族以外の誰にも病気を告げないで、突然の幕切れです。その臨終の様子や、彼の普段の人となりを語る人からみごとな役者人生とその最後に称賛の声が上がっています。確かに見事です。でもなぜ緒形さんは生き延びることをあえて放棄したのでしょうか?放っておけばいつか来る最期を恐れないほど彼の意志が強靭であったのか、それとも、ひそかにその日を待っていた彼の緩慢な自死ではなかったのかと疑問がうかびます。惜しまれる才能です。的確な治療さえ受けていればあと5年や6年生きてその活躍を我々も目にできたかもしれません。残念でなりません。

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2008年9月26日 (金)

2008 9 24 アジャンタ 再会

027 ここは「アジャンタ」麹町店です。写真の中で、花束を抱えて満面の笑みを浮かべているのは南インド料理の名店、麹町「アジャンタ」の総帥ジェイ・ムールティーさんです。私のブログにはあまり人の写真を使いません。肖像権があるからです。今回はお許しいただけると思ってここつかわせていただきました。20数年ぶりにお会いしましたが、時々浮かべるちゃめっけたぷりの笑顔がなつかしくて、このときもシャッターをきったんです。それでですね・・・・・。実は私、この私にとってもう2度とないかもしれない「アジャンタ」同窓会の写真をこの1枚しか撮っていないんです。猛烈に話をしていたために、写真を撮るのを忘れていました。写真をとるのが惜しいほどみんなと話がしたかった。でも今仙台に帰ってきて写真がなくて困り果ててしまいました。現在連絡をとって当日の写真を送ってもらうべく画策しております。私はいったい何をしていたんでしょうか。それくらいわれを忘れて話をしていました。もう楽しくて楽しくて仕方がなかったんですm9(^Д^)プギャー。
 うまくすると写真が手に入るかも知れません。詳細はそのころにお伝えしたいとおもっています。

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2008年9月22日 (月)

バナナに聞いてみよう

昨日の夜、午後9時は回っていたと思うんですが、近所のマーケットに行くと果物売り場のバナナの棚が完全に空っぽになっていました。前日に放映されたバナナダイエットの影響ではないでしょうか。そういえば、以前に納豆ダイエットというのもありました。そもそも単一の食品にこんな過剰なお仕事を期待することは無理だと思いますし、毎日同じものばかり食べるのもあまり一般的食習慣としては薦められることではないともいえますよね。私自身も何か自分の身体的、外見的特徴で気に入らないところを挙げればきりがありません。ましてや若い女性がダイエットにおおいに関心をもたれるのは当然でしょう。でもあまり根拠のない刺激的な番組作りで人心を惑わせるのはどうでしょうか?本当にそんな奇跡の力がバナナさんにあるのか、バナナに聞いてみたいところです。

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2008年9月16日 (火)

おばけに会ったことあります?

 つい最近のはなしです。知り合いのひとから写真をみせてもらったらそのお友達の写真の背中のところに大小の二つの光が映っているです。そのほかの写真にも人の傍らに二つの光と淡いたくさんの光が映っていてそれは、その人の友達で、霊感のある人がいうところではずっと後から付いてきて。その晩泊ったお友達の部屋にも入ってきたそうです。まあその真偽は別にしても、霊感のある友人と私に話してくれた人はもう一人の友人宅にその晩宿泊したのですが、、たまたま持っていたデジカメにことごとくそのひかりが写りこんでいたのと、夜中にテーブルの上の電気スタンドがコンセントが抜けた状態で青白く明滅をくりかえしたので、もう驚いて声も出なかったそうですshock。その写真は私も見ましたが、確かに人の後ろや、傍らに不自然な光があって。熱海の海岸で撮った写真にはさらにたくさんの光の玉が映っていました。それでさすがに私もちょっと怖くなって今晩は眠れないのでは心配しましたが、その晩は翌朝まで夢も見ずに爆睡してしまいましたzzzzzzzz。きっと私には超常現象もこえた、何か特殊な力があるのかもしれませんpig

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2008年9月12日 (金)

旅するカレー

 チットラの配送部門はブッチャケとても盛業といえるほどの物ではなくて、まあ今のところ、とりあえずやっていますぐらいのものです。先週末二日間コンピューターに触らないで、メールのチェックをサボっていたら配達指定日の前日になって注文のメールが入っている事に気づきましたwobbly。それもはるばる和歌山県からです。どう考えても間に合わないので、お詫びのメールを出して、翌日直接電話でお願いして、
一日配送を延期してもらいました。全くうかつな事でした。反省しました。それにつけても、今まで隣県と東京は注文が入った事があっても、なんで和歌山県なんだろうと疑問に感じていると、カレーが届いたとのお客様からメールでようやくその疑問が解けました。もともとご実家が仙台にあって、何度かチットラにもお見えになっていたとか。だったら分かります。その晩、かみさんと私は日本地図を広げてうちのカレーが宅配のトラックに運ばれて高速道路をひた走って、和歌山県の海辺の町に着いて、夕食の食卓にあがっている様を好き勝手に想像しながら、ちょっとイイネなんて話しをしました。ちょっとうれしくなります。happy01

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2008年9月 2日 (火)

若様では続かない

 福田首相の突然の辞任に驚かされました。「嫌われ松子の一生」が急に打ち切りになって、もうちょっとで泣いてしまいそうな福田総理大臣の姿。こんな首相の会見、安倍さんの時もそうだったなあ、って思い出したのは、辞任する自分をとても可哀そうに思っているご本人の弁明みたいに聞こえてしまうんですよ。こうもやすやすと政権をほうりなげてしまう宰相をいただく日本国民だっていいかげん可哀そうですよ。安倍さんも福田さんも、このあとを継ぐことになるかも知れない麻生さんにしたって、皆、祖父、父親等が自民党の重鎮でした。これらの若様が撃たれ弱いのは当然の帰結です。育ちが良すぎます。本当に困難を自ら切り開いて行く必要など一度もなかったかもしれません。誰も好んでは苦労しませんから。それゆえ私のような庶民のちっぽけな暮らしなんてきっと、てんで興味がないと思います。いつも何か他人事ののような福田さんのコメントはご自身が記者さんより確かな客観性を備えているからだったんですね。退任会見の福田さんが今までで一番、人間的に思えました。
 政治家が代々、地盤、看板、カバンを引き継ぎながら世襲していくシステム、これからもこれでいいのかなあ・・・・・。

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2008年8月31日 (日)

つべこべ言ってます

 オリンピックも無事閉幕となりました。お店にはテレビを置いていないので期間中、私の情報源はラジオということになります。北島選手が平泳ぎで連覇したとき、スポーツライターの長田渚さんが彼の強さの秘訣を尋ねられて、技術的分析ではなくて北島選手の練習態度をあげていました。よい結果が出ないときでも、彼は決してくさらないで、つべこべ言わないで、ひたすら精進を重ねてきたというのです。単純なことではありませんか。だけどこれを私に置き換えてみると、私、かなりつべこべ言ってるなあ。精進重ねてないなあ。これがトップアスリートの条件なんでしょう。それに北島選手って肝っ玉がすわってますよね。
 野球は韓国にこてんぱんやられましたね。韓国のチームって日本が相手だとほんとうに執念を燃やしますね。先の戦争の因縁はもちろんあるんでしょうが、ふと思ったのはこれこそ、愛と憎しみが錯綜する感情的な二律背反みたいなもので、本当は日本にすごく憧れていたり、同化してしまいたいその裏返しなんでは・・・愛する日本をいっそめちゃくちゃにやっつけたい・・・。それはないですか?やっぱり無いですよねえ。pig

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世界が回る

dogEpsn1394 ようやく体調を整えて、月曜日の定休日(8月25日)に県外に遠出をする予定でした。すると東北全般がどしゃ降りになってしまいました。結果として秋保の万華鏡美術館、ファミレス、レンタルビデオ3本という安 近、 短 を絵で描いたような一日になってしまいました。お天気については誰にも文句は言えません。雨のしとどふりしきる中、美術館に到着、観光バスから降りてきたお客様とともに最初の10分ほどはあの無数の幾何学的文様の展開が美しいなんて言って余裕だったですが、展示室の万華鏡を片っ端からぐるぐる回して中を覗き込んでいるうちに私の三半規管になにやら変調が・・。一種の乗り物酔いの状態になって、頭痛と軽いめまいを感じました。まわりの人たちには同様の症状はないようです。特にオイルの濁りが入っている系がダメですね。なんでせっかくのお休みに雨に降られて、こんな所でぎもぢ悪くならなければならないのか私には依然不明です。catface

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2008年8月20日 (水)

がおってます

 宮城県に来てから、覚えた言葉で特に気に入っているのは、(がおる)と(おどけてねえ)です。(がおる)は疲れた時に、よく耳にしました。なんだかユーモラスな響きが好きです。(おどけてねえ)はこれを頻繁に使うお客様の話が傑作なんで、自分でも時々「こりゃ、おどけてねえ」なんて意味もなく使ってみたりします。
今年のお盆はよく働きました。うんと忙しいわけではないけれど、お客様の入り方や、オーダーがいつもと違っているので、仕込みや後片付けに追われました。お盆が明けた、定休日の18日には本当に(がおって)しまって、食欲が全くなくて水分ばかり取っていました。かみさんも同様に「おどけてねえ」ほど、「がおって」しまって、19日にはまだ食欲が戻らなくて、体がだるくて夜の営業ではマトン、野菜、ダールが品切れになってしまいました。そうは言いつつ働いているうちになんとなくおなかがすいてきていつの間にか体が調子が戻ってくるから不思議です。過労なんだから休めばいいんですが、休んでもいられないのが自営業の定めなんです。どうやら今日は食欲も戻って何とかいけそうです。改めて思うのは、食欲っていうのは本当に人間の生きる力の源なんですね。おなかがすいて、御飯がおいしく食べられる・・なんという幸福なんでしょうか。happy02

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2008年8月18日 (月)

お盆と言えば

020 写真は松島の花火大会の花火です。知り合いの方が送ってくれました。一度見てみたいですね。こんなきれいな花火を見ながら行く夏を惜しみたい気持ちです。
 今月は漫画家の赤塚不二夫さんが亡くなってしまいましたね。ギャグ漫画の巨匠でした。かなり古い話で恐縮なんですが、私が昔バイトをしていた店で赤塚さんの誕生パーティーがあったんですよ。新宿のはずれにある小さな店でしたが、お酒を飲ませるところで、時々お笑い芸人なんかも出演するショーなんかもあったんです。私は厨房で補助みたいなことをしていたんですが、手があくとときどき店の隅でそんな見せものなんか見ていました。その晩は赤塚さんの御一行が貸し切りだったので料理を出し終わると、お皿が返ってくるまで暇になって洗い場にいた私はパーティーの様子を見ていました。赤塚さんがおさげの女学生になってセーラー服をきて、学ランを着ていたのは当時「少年サンデー」に「ダメおやじ」の連載を持っていた古谷三敏さんでした。あとは赤塚さんの事務所のスタッフーとかアシスタントの人たち、うろ覚えなんですがイラストレーターの南伸坊さんもいたと思うんです。最初は歌なんか歌って(ちなみに彼らが連れてきたバンドは有名なチンドン屋さんということでした。チンドン屋さんなのにフォードのサンダーバードに乗っていたんですよ。)まあまあおとなしくやっていたんですが、お酒がまわってくるにつれてみるみるワイルドになってきてステージ上で小麦粉の投げ合いを始めるわ、ハウスバンドのウッドベースに穴をあけるわで、阿鼻叫喚飛び交うすさまじいことになって、怒った店のマネージャーが打ち切りにしてしまいました。そのあとかたずけを私たちは深夜までやりました。もちろん赤塚さんはたっぷりと弁済金を払ったそうです。お金ありますからね。マネージャーは二度とあの連中の顔を見たくないといっていました。翌日やってきたハウスパンドのベーシストは目がテンになってました。まあ天才というものはしばしば狂気と紙一重にいるのかなあなんて当時も考えました。

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お盆が過ぎて

お盆が過ぎて、ほっとしていますconfident。先週末から若干忙しくなりました。でも其れも今週でおしまいです。彼岸を境に季節はあっという間に展開していくんですね。昨日あたりから朝晩の気配が俄然秋に変わっていくのがわかります。夏が行ってしまうのが淋しいのは私も同じです。でも普段はどちらかと言うと、ヒマをしているチットラが急に忙しくなったりするとちょっと戸惑います。またいつものチットラに戻れる事がうれしくもあり、悲しくもありといった心境です。dog夜半はもう虫が鳴いてます。

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2008年7月22日 (火)

予想はよそう・・・

 ちまたでは3連休そして、お子様夏休みとなると、私は仕込みの予定や、在庫管理にない知恵をしぼります。昨年のデータなど参考にしたいところです。しかしそのデータをみるとちょっと胸が痛んだりするので、得意の出たとこ勝負でいこうとおもっていると、予想はたいがいはずれます。天気予想(?)を本業にしている気象庁ですらはずれるのに、カレー屋のわたしが来客予想をしてもはずれるのは当然の結末です。やはりおおハズレになりました。それは想定範囲内だとしても、3連休の最後、月曜日の夕方にお客様が集中することはどうしてもわかりません。お給料日の関係なのかなあmoneybag。それでやはり幾人かのお客様をお断りしました。前日だったら楽勝だったんだけどなあ・・think
 何事も神の御心のままに、大きな流れに逆らわず行きます。snail
 

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2008年7月14日 (月)

3台目の保温機

001_2 ご飯の保温機が壊れました。でも長い間働いてくれたので、文句のないところです。あわてて新しいおかまを買ってきました。開店以来3台目のおかまになります。まだ、たったの3台目ですよ。ほぼ毎日使っているのにね。業務用の厨房機器は本当に丈夫にに作られているので、大いにたすかります。あまり壊れないのではなんだか申し訳ないような気もします。むろん簡単に壊れては困りますけどね。    明日から漁船の休漁ストライキが始まるようです。そういったあれこれもとても心配ではあります。原油の価格やその他いろいろどこまで上がっていくんでしょうか。

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2008年6月23日 (月)

親知らず、その後

 親知らずを抜歯して6時間ほど経過しました。口をすすぐために洗面所に行くと鏡にうつった私は、見事に右ほほ下部がはれあがった状態に移行しています。もともと細長っぽい私の顔の右下部分がはれて、顔全体の輪郭がしもぶくれの米粒みたくなってきました。かみさんはそれをみて「たいへんそうだね。」といいながら吹き出しています。これ見たら笑いますよ。私もつられて少し笑いましたが、笑ってもいられないので、また患部を冷やし始めました。

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親知らず

 とうとう決意してhospitalで親知らずを抜いてきましたdespair。今ほっぺたにアイスノンをあててひたすら冷やしているところです。親知らずがあることは随分以前から分かっていても今日まで決意を遅らせていたのはやはり怖いからです。痛いのも怖いのですが、親知らずにまつわるホラーストーリーをさんざん聞いていたからついつい先送りにしていました。そうして今、術後の感想としては、やはり辛いものでした。まだ麻酔が効いているみたいで、口が回りません。数回は消毒や抜糸に通院することになるようです。そのうえレントゲンをとってもらったら反対側にもう一本の親知らずがあらたに発見されました。もうこうなったらやけくそになって来月抜いてもらいます。でももうこれっきりで勘弁してください。悪いところは改めますから・・・。本当に怖いんですよcrying

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2008年6月16日 (月)

不得意

自分で言うのも何なんですが、運動は苦手です。子供の時は、体育と音楽の成績がすこぶる振るいませんでしたcoldsweats01。体育は仕方がないとして、音楽は大好きだったのに何故音楽の成績が悪かったかというと音楽の先生が好きではなかったんです。芸術家気質といったらいいんでしょうか?とても気分の起伏の激しい人でそのピリピリとした雰囲気のなかでやや強制的にクラシック音楽を聞かされる授業が特に嫌でした。それらの曲は最近になってようやく時々、FMなんかで聞くようになりましたが、当時はその聞かされている状態がともかく嫌で、何かのおりにクラシック音楽を耳にするとたちまちその記憶がよみがえって、途端に楽しめなくなってしまうのです。その代りに、いちばん上の兄ががんがんかけていた外国のポピュラー音楽(ビートルズより以前の)と映画音楽、それに兄の部屋の外に山積みになっていた映画雑誌が私の関心の中心でした。町の映画館では兄の雑誌に出ているような洋画はさっぱりかからないので、高校生になるまで洋画はめったみ見る機会がなくて、いっそう憧れがつのっていくようでした。不思議なことに、お金さえあればたいがいの情報にアクセスできる今の若い人たちより、ある意味その時代の私たちは幸せだったのかもと言えるのは、足りないところを埋めていく自分の想像力と妄想力が活発に働いて、毎日結構楽しんでいたからだと思うのです。情報があまりにも過多になりすぎた今ではむしろ、何かを好き勝手に空想する自由が奪われてはいないでしょうか?

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2008年6月 7日 (土)

ハードカバーがソフトカバーに

お風呂に本を持ち込んで読む私の悪い癖が、小さな悲劇を招いてしまいました。うっかり湯船に本をドッポンしてしまったのですwobbly。本はプクンと小さな泡を残して、たちまち沈没しました。すくいあげてバスタオルでくるんだりしたのですが、ページのあちこちがしなしなになって、表紙も柔らかくなってしまいました。オマケニその本は家人の本であったため、謝りましたsad。それで二度と本はお風呂に持ち込まないと心に堅く誓ったのはいうまでもありません。これまでも週刊誌、文庫本、漫画など数々の本をしなしなにしてきたのにこの悪癖がなかなか治らないのです。そういう私の心情にピッタリの川柳を週刊誌でみつけました。いわく「過ちを、許してもらえば、またしたい」。これ書いた人、天才だと思いました。以前見た傑作「プロポーズ あの日に帰って ことわりたい」に匹敵する名句です。

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2008年5月19日 (月)

夢ならさめてよ

 最近どんな夢をみましたか?私、夢は見ないほうだと思います。でも、ひょっとしたら毎晩見ているのにほとんど憶えていないのかもsleepy。実は昨晩見た夢があまりに強烈なので、ちょっと記録してみました。
 夢の中でわたしはかけだしの落語家になって講座の出番を待っているのです。ところがここで私は大変な事に気づきました。落語家なら必ず持っている、私の芸名例えば●●亭●●がナンであるかを思い出せないのです。おまけに出番待ちの師匠たちに今日はしっかりやれよと声をかけられたのですが自分がこれから話す題目を聞いたら私の全く知らない話で、私は混乱して、その話の内容を回りの落語家にそれとなく探りを入れているのです。もうほとんど時間がないのに・・・・。出番は次だと告げられて、更に弱った事に先ほどからトイレに行きたくてしょうがなかった事に気づきました。出番のお囃子がなり始めました。トイレに行きたくて我慢出来そうにありません。もう決定的に失敗するほかはないのかと私は完全にパニックになって、わーっと叫びそうになりましたcoldsweats02
 そこで目がさめました。さっそくトイレに行きました。自分が噺家でなくてカレー屋でよかった今日ほど思った事は在りません。でもなんで自分が噺家なんだろう。落語はたまにラジオで聞く位で大して演目も知らないし、まして人前で話しをするなんて考えられないんですよ。これはまさに悪夢です。追い込まれました。何か心理分析をしたら意味のある答えがでてくるんでしょうか。fuji

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2008年5月17日 (土)

何かがはじまっているのかなあ

 中国、四川省の大地震やミャンマーでのサイクロンによる大災害は報道で知る限りでも、本当に悲惨なありさまです。又その双方で政治的理由によって国際的な人的支援を簡単に受け入れられない2次的な悲劇も伝えられています。
 ずいぶん前の話ですが、私のバイト先で当時農大に行っていた学生さんとしばしば話題になっていたのはいつかやってくる世界的規模の食糧危機についてでした。私は自分がカレー屋になるなんて夢にも思っていなかったので、どこか他人事のようにもっぱら聞き役にまわっていました。そして月日が流れてある日ふと、今地球規模で起こっている天変地異や急激な経済的な変化は彼が言っていた食糧危機のプロローグなのかしらんと疑念がわきあがってくるのです。私がその時代にイメージしていたのは世界人口の著しい増加による供給不足または何か天変地異によって食糧の生産に支障が生じた結果の食糧不足ぐらいでした。でも、考えてみればざっとアジアだけをみわたしてみても13憶人を擁する中国、約11億人を擁するインドが控えているのです。その双方が物を売る側からは有望な市場として潜在的な購買力を期待されているのは間違いないとしても、同時に今までは第3世界をさておいて先進国だけが享受してきた様々な食材やエンターテイメントもわれわれと同様に享受できるほどの経済力も持ち始めたとしたら、何気なく食卓に上っていたマグロも海老フライが徐々に日本のrestaurant食卓から遠ざかっていくのでしょうか?小麦、とうもろこし、大豆、原油etcバイオエタノールの関連も含めてすべてが投機の対象として、需要と供給のバランスなんて、とっくにふっとばされたマネーゲームの真っただ中に投げ込まれています。タイ米で有名なタイでも昨今ではお米が倍以上の値上がりだそうです。日本でも高くてお米が買えないなんてなったらどうなるんでしょうね。日本は大丈夫なのかなあ。大丈夫ですよね?・・ねsign02

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2008年5月 8日 (木)

パンダちゃんは、いらない

 中国から年間100万ドルでパンダをレンタルするらしいですね。これが胡錦濤国家主席との首脳会議で我が国にもたらされた唯一の朗報presentなんでしょうか?そもそもこんな時期にパンダをおねだりするのも相当KYな読みだと言わざるを得ません。日中双方にとって時期が悪すぎました。日本はあまり弱腰では世界中の人権派から非難されるし、国内的にもギョーザや東シナ海のガス田問題では立場を主張しないでは政権のメンツも立ちません。中国は当然、国内の愛国派や軍部をなだめるために弱腰は見せられない辛い状況です。中国国内で巻き起こっているフランス系スーパー「カルフール」の不買運動は結局のところそこで売られている製品の95パーセントが中国製、働いている従業員の99パーセントが中国人という現状がよく分かっていない人たちがひたすら自分たちを攻撃している事にすぎないようです。
 パンダは大好きですheart。愛くるしいしdog、面白いですよね。でも今それをレンタルするのは適当ではないと思います。年間1億円は別のことに使いましょう。そもそも無駄にする税金は1円だってないはずです。
 

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2008年5月 6日 (火)

ゴールデンウィークが終わったら

 今年のゴールデンウィークは高速道路なんか例年ほどの混雑が見られなかったようです。ガソリンの暫定税復活なんかと関係しているんでしょうか?私はといえば相も変わらずカレーばかり作っているheart02、カレーなる人生ですsad。今年の連休中の営業は可もなく不可もなくとpigいったらいいでしょうかsnail。実は今ブログを書いていたら突然絵文字が入れられるようになっていることに気付いて、全く意味なく絵文字を入れてみました。絵文字を多用する世代の気持ちが3パーセントくらいわかったような気がしてきました。何か書こうと思っていたことをわすれてただどの絵文字を使おうかとわくわくしています。そんなわけで次回は思い出して書きます。taurus

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2008年4月29日 (火)

植草甚一さんは即興演奏みたいに書いた。

 先日週刊文春を読んでいると、コラムニストの小林信彦さんが以前、ヒッチコックの「サイコ」について「映画評論」でホメたら、そのホメ方がいいと植草甚一さんに言ってもらったと書いていた。当時「サイコ」は日本では全く評価されていなかったのに・・とは小林さんの弁。数日すると朝日新聞の文化欄に「植草甚一は終わらない」という記事が出た。久しぶりに植草さんの名前を見つけて、ちょっとうれしくなってしまった。当時(1970年代前半)植草甚一さんが音楽雑誌に連載していたジャズやサイケデリックミュージックや映画、ドラッグやフラワームーブメント等の記事や昌文社から何冊も出ていたコラム集は私の大好物だった。何よりユニークだったのはその語り口だった。まるでモノローグみたいな超口語体でアメリカやフランスの雑誌で紹介されたフリージャズの紹介記事などはまさに彼の独壇場だった。そのうえ私は当時バイトしていた世田谷区経堂の本屋さんでたびたび、彼をお見かけしていたので、一度ジャズの話なんて聞きたいなあと密かにその機会をねらっていたのだ。そんなある日、バイトをあがって経堂駅に向かう途中で偶然に前を歩いている植草さんを発見した。ためらわず声をかけた。近くの喫茶店で30分ほど最近聞いている音楽について話を伺った。当時はマイルズ・デイビスのコンボが一挙に電気化していく最中だったので、発売になったばかりの「キリマンジェロの娘」を盛んに賞賛して、わたしがバッグの中から植草さんが著作を取り出すと、裏表紙に日付と私の名前とフロム・マイ・ハート植草甚一とサインしてくれた。喫茶店でて別れ際に小柄な植草さんが「君、背丈はどれくらい?6尺ぐらいあるの」と尺貫法で聞いたので、初めて植草さんが明治生まれである証を見たような気がした。其の日がいつだったかは植草さんのサインの上に書かれた、oct,30,1970・・・秋だったんだ。植草さんは1979年に亡くなった。明治生まれの気骨と好奇心の塊みたいな無邪気さをかねそなえた素敵なおじさんだった。即興演奏みたいな文章がかける人だった。

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2008年4月21日 (月)

とっつきの悪い店主はどこのどいつだ~い?

 ちょっと前の「週刊現代」に酒井順子さんが書いたコラム。タイトルは「コーヒーと蕎麦の宗教性」です。しばらく読み進むうちになんとなく何処かで聞いたような、知っているような感覚がしてきました。、そこに出てくるキーワードのいくつかに私自身が該当するのではとおもいあたりました。いわく、こんな場所にこんな店が、以下は引用です。「店主は寡黙そうな男性、1回はサラリーマンになったものの、そこで厭世感を募らせ、コーヒーなり蕎麦なりの世界へと没入して行く。(中略)ついに脱サラして開業。店のBGMはジャズ。」「店主が怖そうなほどおいしいそうな感じがするのもコーヒー屋さんと蕎麦屋さんです。」 私はとっつきが悪いだけでこわそうな店主ではないし、厭世感を募らせた脱サラでもないし、お店でジャズがかかっていたこともあるけど、BGMはいつもきまったジャンルの音楽というわけでもありません。それでもひょっとするとお客様から見れば私はこの記事に出てくるどちらかというとステレオタイプなこだわりキャラに見られているんだろうな思うこともあります。先週も、一人のお客様が栃木県から私のお店を探してきました。次の日は山形からもう一人。私にはそちらのお客様の方がよほどのこだわりと情熱を持っているように思えるのです。自分なりのやり方はあります。でもお客さんにカレーの食べ方やそのうんちくを強要する気などさっぱりありません。そんな大層な「道を極める」的な発想や啓蒙的な態度は私がいちばん嫌うところです。カレーはカレーです。ご飯にかけようが、カレーにご飯を混ぜようが、ナンで食べようが、カレーソースだけ食べようがお客様のすきずきです。唯一つ私が嫌なのは食べ物をそまつにすることです。私なりに調理した料理には愛着があります。そこにはおおいに「こだわり」たいと考えています。

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2008年4月14日 (月)

「風に立つ日本」・・後期高齢者医療保険って・・・

呼称が悪いというわけで、長寿医療制度という事になったそうですね。2003年の小泉内閣の時に閣議決定されて、2006年5月に衆議院の厚生労働委員会で強行採決で可決した医療制度改革関連法案で決まったそうです。昨年秋に施行される筈が福田内閣誕生のご祝儀で半年間先延ばしになって、とうとう4月から始まるみたいです。これでは、お年寄りにはそうとう厳しい負担ではないでしょうか。お年寄りだけでなく、お年寄りを扶養されている世帯でも75歳を過ぎると扶養控除からはずされてしまうわけですから・・・。官僚や政治家の方々も、日本が急激に高齢化してゆくことが今になって分かったというわけではなくて、20~30年前からわかっていたのでしょうからこれほどひと時に負担増を求めるのでなくて予算の節減や医療費の抑制のための方策がかなり以前から始まっていても良かったのではないでしょうか?社会保険庁の驚くべきずさんな年金管理によって宙に浮いているという年金は本当にういているのでしょうか、浮くどころか、宙に消えてしまってもうとっくに無くなってしまっている気がします。私もそんなに遠くない先にお年寄りにカウントされていくわけですから、ちょっとびびってこのなりゆきを見守っています。
 そしてもし私たちの国がお年寄りや、障害者を見捨ててしまうような情けない国になってしまうなら、早晩この国自体が滅びていくでしょうし、そんなことが不透明な未来にかなり高い確率で起こりそうな気がします。さだまさしの唄に、(確か「風に立つライオン」だったかな) ♪やはり僕たちの国は、残念だけれど何か大切な処で道をまちがえたようですね♪というくだりがありましたが、私の意見も右に同じです。

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2008年4月 5日 (土)

春が来た

002 ご近所の八沢公園に昨年から作った小さな花壇にもちらほらと春の息吹きが見られるようになりました。3月まで町内会の役員をやっていたかみさんも時々見に行って、自分でもちいさな花を買ってきて植えたようです。言われて私も仕事の合間にちょっとみに行きました。少しづつでも確実に春の訪れがうかがえます。以前は雑草しかなかった公園にささやかな花壇ができて、いろどりが加わっていくのを見るのはいいもんですね。花にはさっぱり疎い私でも、パンジーとチュウリップぐらいはわかります。あとはその他の植物でいいんじゃないでしょうか。

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2008年3月17日 (月)

伊達正宗がやってきた

007 岩出山に行くと有備館駅に伊達正宗像がありました。仙台駅から移送されたばかりだそうです。仙台駅の待ち合わせスポッがトにこの像がなくなってお困りのかたもいらっしゃるでしょう。
 ニューヨークの「自由の女神」のレプリカがパリのセーヌ河畔にあるらしいですね。ニューヨークの方がレプリカだと勘違いしていました。お台場にもそのレプリカがあるんだったら。この伊達正宗像も全国にレプリカが広まって思わぬ場所で伊達公に会えたらおもしろいなんて、それは不謹慎でした。

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2008年3月11日 (火)

二本松市をうろうろ

New007 所用で福島県の二本松市に行きました。少し時間が余ったので高村光太郎の妻智恵子の生家に行ってきました。造り酒屋だった生家と彼女の描いた絵画や切り絵、手紙などが展示されている記念館をささっと見て歩きました。さらに時間があったので、黒塚に寄ってみるともう受付の人がいなくなっていて、やむなく霞ケ城公園に行ってみました。あいにくの小雨が降る中をふうふうと言いながら天守閣跡まで登っていくと、眼下に見える二本松の町並みが夕張に浮かんで、ぽつりぽつりと軒下に灯が点いていくさまがことさらに030_2美しくてこんなぎりぎりの時間にわざわざここまで出向いた労力が大いに報われたのです。とは言っても、 下りの急こう配にひざが笑ってしまって、帰路はバテバテの有様でした。 

   

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2008年3月10日 (月)

基本に帰る

 若い時ちゃんとに読んでいなかった本やシッカリと聴いていなかったCDなんかを今もう一回あたってみたいなんて今更に思いついて、夏目漱石を読んだり、「ねじの回転」を読んだりしています。ソニー・ロリンズの「サキソフォン・コロッサス」と「ヴィレッジ・ヴァンガードの夜」を聴いてあらためてこの人の力量の確かさに驚いてしまいました。私は圧倒的にジョン・コルトレーンフリークなので対照的なロリンズのハード・バップ臭をどこかで敬遠していたようです。彼が作り上げたものが伝統的なジャズの流れの中であまりにもど真ん中だったために、ごまんといる追随者からコピーされるうちにいつしか私の認識の中で並みいるバップ吹きと混同していたのかもしれません。不思議なことにアルバム「ヴィレッジ・ヴァンガードの夜」でロリンズは、後に「ライヴ・アット・ザ・ヴィレッジヴァンガード」の(チェイシン・ザ・トレーン)において、ある意味、究極にそぎ落とした即興演奏の可能性をコルトレーンがドラムスのエルビン・ジョンーズと二人で示したと同様の段階に、全くトラディショナルな語法ですでに到達していたんですね。ロリンズを形容するためにしばしば用いられる(豪放)や(ユーモア)にくわえてやはり一流の音楽家の資質しては欠かせない、鬼のようなタイム感覚は常人の及ぶところではありません。半世紀も前の録音が最新の録音技術で蘇って現代の私たちに創造性の力をもう一度示している。でも私がそれに気づいたのがずいぶん時間がたってからだったみたいです。

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2008年2月24日 (日)

雪かきエレジー(哀歌)

 お店を始めるまで雪かきなどトンとした事がありませんでした。仙台に来るまでは雪と自分の暮らしが何らかに関るなんて思いもしませんでした。チットラのお店の前は放って置くと凍結したりしてお客様にも車の通行にも支障がでます。そこで雪かきです。まずは駐車場でなく、車道と、歩道をやります。除雪車がくると雪が路肩に積まれてしまうので、早朝に起床します。ここでかみさんと私の性格の違いがでます。かみさんは事雪かきに関しては徹底的にやる完全主義者で、何事にもほどほどの私とは仕上がりに明らかな差が出ます。其れは丁寧にやります。もともと腰痛もちなのにいったん雪かきを始めると寝食を忘れて没頭します。それでその後具合がわるくなったりもします。人間のこだわりという物がいろいろな場面で現れてくるのがわかります。きっとこれが個性というものなのかと、かみさんの奮闘を傍観しつつ私が抱いた感想です。

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2008年2月20日 (水)

HD-DVD撤退ですか?

 東芝がHD-DVDから撤退を表明したとすると、当然ながら我が家のHDプレイヤーが近い将来無用の家電になってしまうってことなんでしょうか。ああ~、思い起こせばあの日ヤマダ電機で安さに惹かれて買ってしまった自らの愚かさが悔やまれます。もうそれも今となっては、後のフェスティバルです。もともと多数派に無縁のマイナー志向があることは自覚しているのですが、こればかりは多数派に乗りたかったなあ・・・。それに、売っておきながら購買者を見捨ててしまうのはどうなんでしょうか。テレビも地デジになるんですよね。このような規格の変更によって生じる、大量の家電ごみは地球にも消費者にもきっと優しくはないんですよね。なんか納得できないなあ・・。

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2008年2月12日 (火)

辛口はどちら様

 しばらく前までは辛口のマトンカレーを召し上がるのはほとんどが男性と相場がきまっていました。それがこのところ、しばしば女性が辛口のカレーを男性が甘口のカレーを召し上がるケースに遭遇します。むろん男女のどちらが何を食べ様がそれはお客様の自由です。そのように食物の嗜好にも徐々に性差がなくなってきたことはむしろ喜ばしい事かもしれません。男は大盛りライスで辛口カレーをワシワシと食べるイメージは私たちに植え付けられたステレオタイプな食のイメージであるにしても、恐らく現代の女性が、仕事の現場においてもはや男性と同等の仕事の負荷を背負っていることからくる当然の変化なのかとも考えてしまいます。そして彼女達がその負荷に見合った対価を得ているか否かは私には依然として不明です。

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2008年1月28日 (月)

肩こり

先週あたりから猛烈に肩がこってブログを書くのもすっかりおっくうになっていました。その状態は大して変わらないけれど、あまりブログを放置してはおけないのでこうして又どうでもいいようなことを書いています。あまり痛みがきついのでずいぶん前の家庭医学事典なるものを取り出してみてみると、私の症例にピッタリのものがありました。なんだと思います。五十肩です。老化症状と書いてありました。苦笑いです。早く良くなるように工夫してみます。

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2008年1月14日 (月)

成人式とセンター試験

私がかねがね疑問に思っている事に、何故、成人式とセンター試験の実施時期が寒さの厳しい1月でなければならないのか、というものがあります。成人式に関しては実施時期だけでなく、そもそもそんな式典自体が必要なのかという疑問も抱いています。20歳になる事に、法律上の身分変化以上に特段の意義があるとは思えないし、一人一人が静かに20歳を迎えればいいのではと私個人は考えています。
 成人式に悪天候なんて、晴れ着のお嬢さん達には気の毒です。現に今朝の仙台は今冬一番の冷え込みだというではありませんか。センター試験の当日が悪天候だったり、寒さが厳しかったりするのは更に気の毒です。ある意味、多少人生がかかっていますから。覚悟をもって成人の仲間入りをしなさい又は受験に望めといった旧成人からのメッセージなんでしょうか?もしも前年の秋口の温かい日にでも実施されればそんな懸念もいらず、和服の新成人も寝不足の受験生の足元も心配無用ですよね。どうしてもこの時期でなければならない特別の理由、ご存知の方がいらっしゃるとしたら是非是非教えていただきたいと思っています。

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2008年1月 7日 (月)

ハチクロ

「ハチミツとクローバー」は羽海野チカさんが2006年に連載を完結した人気コミックです。浜田山美術大学に在籍する5人の学生たちの青春群像を描いて、アニメとしてDVD化されたり、一昨年はヒロインのはぐみを女優の蒼井優さんが演じて話題になりました。ストーリーはもちろんですが、主人公の竹本や登場人物たちの絶妙なボケとツッコミや、ワイルドなライフスタイル、しばしば紹介される摩訶不思議な料理の数々(かぼちゃのチョコミント詰め、グレープフルーツの炊き込みごはん、いちごのおにぎり、チョコレートカレーなど)、ありそで、ありえないお献立にもイマジネーションが刺激されます。映画の蒼井優さんはヒロインのイメージに合致するとしても他のキャスティングは難しいかもしれません。迷ったりとまどったりは私の年になっても相変わらずです。それでもこんな風に掛け値なしに誰かを思ったり、チャレンジができるのはやはり若い人だけに許された時間なのでしょう。羽海野さんはストーリーテラーとしての力量もなみなみならないと思われます。脚本を書いてもイケルのではないんでしょうか。

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2008年1月 6日 (日)

君んちのお雑煮は

001  私はインド料理の多様性をお客様に説明するとき、しばしば日本のお雑煮のことを取り上げます。簡単に言ってしまうと一口にお雑煮といっても各地方、各家庭によって様々なお雑煮があって、どれも間違いなくお雑煮ではあってもその多様性を一度に言い表す事ができる典型的お雑煮などないということです。お雑煮はその「雑」を「煮」てしまうため、曖昧さや、地域性にその特徴があって、その家、その地方のオリジナリティーが一人一人の記憶に刻まれたお雑煮の中に溶け込んでいるはずです。などと訳のわからない理屈をこねているうちに新春も過ぎていこうとしています。我が家のお雑煮は、宮城県に来て初めて食べたお雑煮と私の母が作る薄味の関西風お雑煮の折衷です。出汁は鰹節でとって、大根とニンジンの千切りに、鶏肉、しいたけ、いただきもののさんまのつみれ、水菜、おもちは飛騨高山のまめもちを入れました。お醤油とお酒であじを整えて、器に持って最後に花かつおをのせて完成です。写真に写っているなかで、私が作ったのはお雑煮だけです。丹波の黒豆と大根と塩ますのねずし(これが鮮烈にうまい)とくるみと小魚の飴煮は岐阜県の母が送ってくれたおせちです。これを1月1日に食べました。ブログを書くつもりで写真だけはとっておいていまあわててこれを書いています。

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2008年1月 1日 (火)

おめでたいのは私

Newepsn0325_2 あけましておめでとうございます。メニューの書き換えに思いのほか時間をとられてしまって、私は大いに慌てています。こんなブログを書いている場合ではないので、ともかくこれにて失礼します。2008年のチットラにはどんなことが待っているのか? 皆様のご多幸を祈りつつ今日はこれまで!!

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2007年12月24日 (月)

チットラのやや異教徒的クリスマス

皆さんはクリスマスをどのように過ごしましたか?チットラでは従来どおり全くクリスマス色のない営業でした。クリスマスツリーもなく、クリスマスケーキもクリスマスディナーもない、いつもと変わらない営業です。どちらかと言うとヒマです。でも不思議な事に、そんな異教徒なチットラにもちらほらとお客様が現れます。しずかに食事をして帰ります。それが恒例のチットラのクリスマスイブです。ちなみに我が家の今夜の正餐はメカジキの付け焼きとにらともやしといり卵の野菜炒め、さんまのつみれ入りきりたんぽ汁でした。ついでにぜんざいの小豆も煮ていました。世界平和を祈りつつ其れを食しました。

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2007年12月18日 (火)

Kさんの回復

親戚のkさんが秋に脳こうそくで倒れてから、病院を訪れるたびに驚異的な回復をみせているのが本当にうれしい誤算です。このところチットラはすこぶる暇で、一向に意気が上がらないままに転院したkさんを久しぶりに訪ねてみると、いきなり、すたすたと歩いてリハビリから戻ってきた時にはたまげてしまいました。脳には相当なダメージを受けていると聞いていたからです。以前のkさんの明るいジョークなんか戻ってきて、うれしくなりましたね。集中治療室の隣のベッドにいた患者さんが私と同じ名字だったのでカレーのことを思い出したなんて言っていました。退院した暁にはkさんの大好物のマトンカレーをお土産に自宅に伺おうかなどと今から考えています。その時は春になっているのでしょう。何にもしなくったって春は向こうからやってきます。ついでにスギ花粉も・・・・・。

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2007年11月25日 (日)

価格改定のお知らせ

来年1月から、値上げをお願いしなければならなくなりました。原材料費や、光熱費、消耗品の値上がりが主な理由です。原材料費の中には過去数年にわたって2度ほど値上がりしていた物もあり価格の見直しが避けられない状況です。原価率の高い商品に関しましては値上げ幅も多くなってしまいそうです。1985年に開店した当初のチキンカレー、キーマカレー、ベジタブルカレーはライス付き¥650でした。消費税5%分を加算して現在¥690です。やはりもう無理な状態になっています。値上げ率は10~13%ぐらいになると思います。ご愛顧頂いているお客様には本当に申し訳ないと思っています。今後ともおいしいカレーを提供できますよう頑張ってまいります。どうがよろしくお願いします。

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2007年11月15日 (木)

誰でもいいなんてスゴイ

最近テレビをみていて、これはスゴイと感心したのが、仲間由紀恵が出演する携帯電話会社のコマーシャルでした。確か「劇団なかま」を立ち上げた彼女がその劇団員を選んだ経緯を尋ねられて、「誰でも良かったんです。」といった趣旨のことぬけぬけとを言い放ったので、両側に居た温水よういちと佐々木くらのすけが愕然として、その後の居酒屋では複雑な表情で酒を飲んでいる展開でした。もちろん「誰でも割」みたいな割引サービスのキャンペーンなんですが、誰でも良いなんて、まさに私たちの心理的エアーポケットを突いたひねりでした。最初これを見たときは即座に大笑いしてしまいました。この「誰でもいい」というフレーズは適用範囲を広げれば、結婚式で新婦に言われたり、コンクールの優勝者が最後の講評で審査委員長から言われるともう立ち上がれないほどの破壊力がありますよね。でもこんなスパイシーなひねりが私は大好きです。だとしても、もしもお客さんに「カレーおいしかった。でもおれカレーだったら何でも好きなんですよ。」って言われたらどうする~?

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2007年11月 8日 (木)

遠方より来る

お昼、店を開けると同時に旧友のS君と奥さんが入ってきました。もちろん彼が自身で名乗るまでは、一目観たくらいでは分からないほど久しぶりの再会でした。彼は岐阜県高山市の高校の同窓生で、私の記憶では最後に会ったのは、ご夫妻の結婚式以来というぐらいのごぶさたです。30年数年ぶりということになるでしょうか。言われてみれば若い頃の面影は変わらないのですぐに当人である事が分かりましたが、ちょっと驚いたのは彼のかすれた声でした。聞けば甲状腺の病気(幸いにして良性)で手術を受けて、その回復をまって奥さんの労をねぎらいつつご夫婦で仙台を訪れたのだそうです。突然の訪問に驚きましたが、年賀状のやり取りしか音信のない私を忘れずにこうしてはるばるやってきてくれたのは嬉しい驚きでした。S君は当時高校の山岳部に籍を置いていて、私は部員でもないのによく部室を訪れて、ラードがたっぷり入ったカレーのおすそわけを戴いていました。懐かしき良き時代です。彼のさっぱりと男らしい気性や明晰な頭脳は私が全く持ち合わせていないもので、なにかそんなところも、私のコンプレックスを刺激していたのでしょう。現在は岐阜市で社会保険労務士として活躍しておられるそうです。(もしも肩書きが違っていたらごめんなさい。)私のつたないホームページを検索して、カーナビに導かれて「チットラ」にたどり着いたそうです。最近は1歳なるお孫さんに夢中なのだとは奥さんが明かしてくれました。なんのお土産もわたすことができませんでしたが、メールで近況など知らせてもらえるかもしれません。もう私たちの年代は生きて居ればラッキーなんてことになっているのかも・・・。ご夫妻の健康とご家族のお幸せを改めて願わずにはいられません。

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2007年11月 6日 (火)

憂鬱の時

 親戚のkさんが突然倒れて、病院に運ばれた事。緊急手術。かろうじて一命をとりとめても、なお後遺症の心配がある事。kさんのご家族の心労や、これからの生活、それにkさんのリハビリなどなど。考え始めるとさすがに気分が滅入ってしまいます。kさんには私が仙台にやってきてから随分とお世話になってきました。親戚筋でも中心的存在です。陽気で、豪放磊落。でもちょっと気の小さいところがまたチャームポイントという愛すべきキャラクターの持ち主なんです。お酒が好き、タバコが好き、しょっぱいものや辛いものが大好きといった健康リスクを絵に描いたようなライフスタイルが今回の悲劇の引き金になったとしてもまだ62歳という年齢の彼にそんな事が起きるのは早すぎると感じました。
 それでも1週間を経て徐々にですが意識を回復して、会話を始めようとしています。ねっから明るい人なので、ぜひぜひ気力と体力を取り戻して、リハビリに取り組んで欲しいと切実に願っているのです。そんなへこんだ気分が少しだけ明るくなったのは、つい2日前に昨年結婚した姪っ子が5月に生まれた赤ん坊をつれて来た時でした。赤ちゃんのくるくるとしたおめめが愛くるしくて私もかみさんもチョー癒されてしまったのです。本当に可愛いいんですよ。いろいろな命が今を懸命に生きているというわけです。新しいのも、古いのも同じように懸命に生きている。その事だけは間違いないと、あたりまえなのにそれをいまさらのように納得しているんです。

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2007年10月27日 (土)

目覚めよ宮城

25日の新聞を読んでちょっと驚いたのは、小中学生を対象にした全国学力調査の記事でした。わが宮城県は東北6県の中でも最下位で全国でもかなり下位を低迷しているではありませんか。小学生では秋田が1位、青森が3位と大健闘しているのが目を惹きますが、なぜ宮城の子供達がこれほど不振だったのかが分かりません。昨今は親の経済力の格差が直接学力格差につながるという指摘もあります。しかしこれからを担う宮城の子供達が18歳になって進学や就職で全国レベルで戦うときに学力の劣勢が大きな障害になる事は間違い在りません。そして其れはもうすでに起こっている事でしょう。私自身この年齢になっても自らの学力の不足を日日感じています。でも其れをカバーできる時間と体力がありません。やはり「鉄は熱いうちに打て」ではないでしょうか。当事者の子供やその父兄はもちろん学校や私たち大人がその事に真剣に取り組んでいかないと宮城の子供たちに未来の光りが見えてこないのではと心配です。

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2007年10月15日 (月)

遠い山寺

小さな飲食店は多くの場合、家族だけでやっていることが多いのではないかと思います。ご多分にもれずチットラも私とかみさんの二人だけでずっとやってきました。お店はどんなに小さくても、煩雑な仕事はたくさんあります。たとえば下水口の掃除です。これを怠ると排水管がつまって逆流してしまいます。以前いた店で定期的にこの作業がありました。駐車場にあまり雑草がふえれば除草もしなければなりません。仕込みや買い物や、スパイスの注文等仕事はいくらでもあります。そんなわけで月曜日ごとの定休日の大概は、そんな雑用で終わってしまいます。今年は夏にお盆休みの代休が取れなかったので、少し時間ができたら山形の山寺へ行こうと思いついてとうとう行けずじまいになりそうです。一度は天気の悪い月曜日に山寺にあと数キロという山道が前日の台風の影響で通行止めになっていて泣く泣く引き返してきました。あとの2回は月曜になるたびに雨になったりして流れてしまいました。私にとって山寺は遠いところです。まあお店を勝手に休みにしてしまって汽車にでも乗ればいとも簡単なことなんですが、そうもいかないんですよねえ。あまり大それた幸運はのぞんでいません。ときどきちょっとさぼったり、息抜きをしてぼちぼちと行くのが私らしい生き方です。

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2007年10月 1日 (月)

ミントの花

Newepsn0882 ご近所の八沢公園の花壇に以前からミントが植えられています。最近はパスタにバジルやオレガノといった生の香草を使うこともそんなに珍しいことではなくなって、スーパーで容易に手に入れられるようになりました。私も以前、プランターでミントをつくっていたんですよ。挫折しましたけど・・。それで少しばかり料理に欲しいなあと考えていたんですが、植えたFさんに伺うと、もう少しで花が咲くので摘まない方が良いといわれました。本当に花が咲くのかとやや疑心暗鬼で過ごしているうち、かみさんが「ミントの花が咲いたよ。」と教えてくれました。こんなに小さな花だったんですね。今、花壇はそれぞれの花がここぞとばかりに狂い咲きの状態です。そしてその中にあってミントの花はあくまでも控えめで可憐です。

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2007年9月17日 (月)

ビッキのミカエル

近所の公園に作った花壇に水をあげにいくと夕刻の薄暗闇に花壇のブロックのはしになにやら小さくこんもりとしたものが置いてありました。誰かの忘れ物の軍手か何かかなとおもってかまわずジョーロで水をまくとその塊がとつぜんピョンとジャンプしました。驚いてよく見るとまるまるとしたかえるでした。わたしがこの地にやって来た頃はきんじょの田んぼからうるさいほどのかえるの合唱が聞こえてきたのに・・・。今ではこのあたりでも宅地化が進んでほとんどカエルをみかけることがなくなりました。慌ててうちに戻ってデジカメをとってきたのですが、もう居なくなっていました。残念!こんどみかけたら是非記念写真をとります。もう名前はきめました。八沢公園に住むビッキのミカエルです。

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2007年9月15日 (土)

首相が病めるとき

安部首相の突然の辞任にはやはり驚きました。一国の首相が目に涙を浮かべて自分じゃだめだと言っていると、気の毒ではありますが、そもそもどうして彼自身が首相になったのか、どうして彼をえらんだのか其れを関係者各位に伺いたいところです。その後の後継者選びでも様々な混乱がメディヤを通じて伝えられて前首相の再当番なんてとんでもない話や、立候補者が次々に一本化されていく仕組みなどどうも安部さんが選ばれたときと余り変わらないプロセスがもう一度繰り替えされているのようにみえます。どうか次の首相には理念だけではない現実感覚と、私たち庶民の暮らしを思いやる想像力と、これからの日本がめざすビジョンを持った政治家になっていただきたいと思っています。それがかなり無理な注文だとは思うのですが・・・・・。

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2007年9月 4日 (火)

自然の力

  Newepsn0870_2Newepsn08432枚並んだ花壇の写真の左側は9月3日現在、右側は7月16日確か中越沖地震が発生した日、近所の八沢公園の花壇に初めて花を植えたときの写真です。2ヶ月もたたないうちに花壇狭しとばかりに咲き誇ってます。
 今日は(9月3日)、店の駐車場の雑草駆除と厨房の排水の掃除を久しぶりにしました。夏の間は仕事や雑事が多くてとてもそういう時間がありませんでした。雑草ときたら、瞬く間に伸びてしまって、数時間かけても取りきれない程でした。植物が生産して、人や動物が消費して、微生物がその後片付けをするとどこかで聞きました。その植物の生産する力が私たちに花を愛でる喜びと、雑草を駆除するわずらわしさの双方をもたらしているとすると、今年の猛暑も自然界の異変も私たちが地球上に為してきたことの自然からの警告なのかと考えるべきなんでしょうか。草取りをちょっとばかりしただけで腰と膝が、がたがたです。お百姓さんの大変さが少しだけ分かります。

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2007年8月31日 (金)

ターメリック色

 厨房に置いてあるものすべてにしるしみたいにカレーの黄色が付着しているのが普通なので、文庫本にカレーがついていても、携帯にカレーがついていてもあまり気にならなくなってしまいました。もちろんコックコートには着替えたすぐからカレーがついてしまいます。ターメリックは油と混ざるとその着色力がさらにまして白い服などにいったんつくと脱色するのにはほねがおれます。一度、素晴らしい和服をお召しのお客様がいらした時は入店をお断りしようかと思いました。ご本人は平気でしたが私たちはお願いしてバスタオルをかけて召し上がっていただきました。もしカレーがついてしまったとき、私たちが責任を問われると本当に困ります。インドではおめでたいときに食べるブリヤニの黄色が日本のお赤飯みたいに吉事を表すといいます。私の日常もそのターメリックに彩られて幾分かはおめでたい事になっているのでしょうか。

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2007年8月28日 (火)

精進料理

親戚にご不幸があって、お通夜の準備をされているそのお宅を訪問しました。聞けば昨日の晩から何も食べないで、ほとんど睡眠もとらずという有様でした。それでいったん店に戻って残っていた野菜カレーと果物を少々届けました。ご家族の顔が少しだけ明るくなったみたいです。喪中のときは食べるものを作っていることもままならず、ふだん精進料理など作りつけていない私たちは戸惑うことばかりです。こんな時には野菜だけのカレーを作っていることが少しは役にたった様です。

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2007年8月20日 (月)

お盆は逆ザヤに

 ようやくお盆が終わりました。お盆に限らず、お休みが続くと私たち飲食店にとって辛いのは、供給業者のお休みと消費者のお休みの板挟みになって、仕込みのコントロールが困難になることです。大きな冷凍庫やストックスペースを持たないチットラもお盆前にストックできるぎりぎりのお肉を注文してお盆に備えました。問題はお客様がどういう風にいらっしゃるか毎年全く予想がつかない事です。今年はお盆の後半にむかって忙しくなるクレッシェンド型であったため、最終日の日曜日には品切れするメニューが続出しました。チットラは一度に沢山のカレーを作ってストックしないでそのつど少しづつ仕込みをします。インドカレーはつくりたてが一番おいしいと思うからです。結果として供給が需要に追いつかないで、今年は例年よりお断りしたお客様の数が増えてしまいました。せっかくご来店いただいても入れなかったりご希望のメニューがなかったお客様申し訳ありませんでした。勝手なお願いですが連休の場合は出きるだけ前半にご来店くださると助かります。私が一人で作っているのでたくさん一度にはできないのです。どうしても逆ザヤになってしまいます。この後は大概ヒマなチットラに戻ります。秋にいらっしゃるとのんびりとお好きなメニューが選べますよ。

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2007年8月15日 (水)

あぢ、あぢ

どちらかといえば暑さには強いほうだと思っていた私もこの連日の暑さにはへばりぎみです。気象庁さん、確か冷夏っておしゃってましたよね。どこが冷夏なんですか?北海道のほうが沖縄より気温が高いなんてありですか?夏の厨房はしゃく熱地獄です。ガスオーブン全開、ガスの炊飯器全開、ストーブのうえには煮立ったカレー鍋が3個。私の体からモイスチャーのすべてか奪われて長期保存にも耐えられる干物じーじになりかかっています。塩分の入ったトマトジュースを飲んで凌いでいます。早く涼しくなってほしいでも夏が終わればインド料理のシーズンも終わってしまうのか・・・・。夏よいつまでも続け。でももう暑いの嫌だ!!

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2007年8月13日 (月)

コンピューターのお引越し

先月末に新しいコンピュータをようやく購入しました。ところがコンピュータのお引っ越しが遅々として進みません。普段は暇なチットラも夏の間は少しだけ忙しくて、わからないことが解決されないまま、少しずつ新しいコンピューターを使っています。このブログもbibroで書いています。秋になれば少し時間ができるので、パソコンの教室に行ってすこし問題の整理をしよう。でもそれもちゃんと書いておかないと何が分からないか分らなくなってしまうなんて事があるんですよ。分らないことが説明できないなんてことが私には起こります。

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2007年8月 6日 (月)

カリーザパンダは吠える

ブログパーツのカリーザパンダがアドリブで言っている事は私が言ったり、制作しているわけではないので、くれぐれも動物のたわごとと受け流してください。いつかはラッシー(ヨーグルトドリンク)がセルフサービスだの、インド料理は簡単だの言いたい放題の有様でした。まあ簡単なインド料理もなくはないので、まったくの嘘でもないけれど、かなりなビッグマウスです。それでもたまには気の利いたことも言うので、当分はこのブログのダーティーなマスコットでいてもらおうと考えています。すこしへそが曲がっているところは私に似ていなくもないと、かみさんも申しています。ひょっとするとパソコンビギナーズスクウェア仙台中倉校のE先生も同様のお考えで私に薦めてくれたのでは・・。

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君ならどう呼ぶ?

ここ数日かかってきた電話ではわが店名はチョットラが多かったようです。次にチャットラでした。開店当初からあったことでしたが、最近また店名違いが増えたみたいです。店名を聞いても、そもそもなじみのない言葉(インドの女の子の固有名詞)なのでよく聞き取れなかったらついつい日本語のちょっとにひっぱられたり、ネットのチャットにかぶってきたりするのでしょうか。私が気にしなければいいのですが、「チョットラさんですか?」と聞かれる「はい、チットラです。」と軽く訂正を入れたりします。「お宅は本店なの?」と質問されて、よくよく伺うとチャクラだったりします。チョッコラになるとやはり訂正をしてしまいます。確かテレビのコマーシャルで上司からずっと名前を呼び間違えられる男のバージョンがありましたね。
 せんじつ電報を依頼したら最後にこんな風に確認されました。うろ覚えですが「チットラ様、すべてカタカナでチーズのチ、ツァーの小さいツ、トマトのト、ラジオのラ、でチットラ。以上でよろしいですか?」もちろん、大変よろしいです。

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2007年7月31日 (火)

横浜ガネーシュ店主石原幸雄氏の死を悼む

横浜「ガネーシュ」店主の石原さんが死んだ。昨夜が通夜で、今日7月31日が本葬だった。不思議なことにこの2週間程とぎれとぎれに石原さんに電話をしようと思っては止めて、又それを繰り返していた。それが4日ほど前、電話することをもう諦めようと決めたばかりだった。石原さんが以前から力を入れていたカリーリーフを入手して、それをどこで栽培しようと逡巡するうち、経費や時間のねん出が困難だと考えたからだ。それで石原さんに電話しないで、昨日の午後、別の用事で東京都日野市で「アンジュナ」を経営されている藤井さんに電話をかけた。藤井さんと話すのも約20年ぶりになる。要件をすませて電話を切ろうとしたその時、「あの~、デイブさんのこと聞きました?」と藤井さん。「えっ、デイブさんどうかしました?」「死んだんですよ。4日まえに。」驚いてしばし声が出なかった。「何で死んだの?」「癌でした。」もともと糖尿の気があった石原さんはこのところ体調がすぐれなくて念のためにと検査を勧められたら、すで胃がんはかなり進行していて検査入院のつもりがとうとう自宅に帰ることなく、26日に息を引き取ったらしい。彼は私のインド料理の師匠で何かとアドバイスを頂いていた。それにしてもご自身のお店は50席もある立派な構えで調理もほかの者に任せて経営に専念されていたのなら、どうして自分の健康にも注意を払わなかったのかと悔しさでむかっ腹が立ってきた。医食同源のインド料理に携わる者がこんなに早く逝ってしまうのはおかしいよ石原さん!まだ教えて欲しいことだらけなのに・・・・。謹んで、インド料理に半生をささげた石原幸雄氏(享年53歳)の死を悼みご冥福をお祈りしたい。

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2007年7月29日 (日)

ママチャリが行く

昨夜のことです。夜、お店が終わってから市内で人にあう予定がありました。錦町にあるお店までどうやって行こうかと思案して、そうだ自転車で行こうなんて考えたのはだいそれた勘違いでした。かみさんが夜中におじさんがピンクのママチャリに乗ってると絶対おまわりさんに職務質問されるよといっておどかすのです。私は念のために運転免許証を携帯しました。職質のさいに身分を明らかにしてこのピンクのママチャリが間違いなく私の所持品であること証明しなければなりません。しかし予想に反して私は南光台交番のまえをすいすいととおりすぎました。あとは錦町を目指して私のママチャリは夏の夜風を切って疾走するはずが地下鉄の旭丘駅に達するころには私の体の水分の大半が発汗によって失われて私はほぼ干物おじになってしまいました。おまけに息は切れるは、足はつるは、日ごろの運動不足が私の干物化を早めてしまいました。私は無力感にとらわれて、旭丘駅にの自転車置き場にそれをあずけて、静かに地下鉄に乗りました。なんのこっちゃ!!

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2007年7月27日 (金)

味覚を広げよう

お店をやっているとお客様の年代に連れてある傾向が現れてくることに気付きます。一言でいえば味覚の偏りのようなものです。すべての若者がというわけではありません。それでもどちらかといえば若い世代に特徴的なのは食べられないものが多いという偏食の傾向です。これは彼らの責任というよりは忙しすぎてわが子の食育まで手が回らなかった私を含めた団塊の世代の責任でしょう。でもそれでも若い人たちにお願いしたいのは1回食べてよく分からなくても、いつかもう一度チャレンジしてほしいということです。インド料理といってもカレーはカレーです。要は慣れです。ご家族で昔からいらっしゃっているお嬢さんたちが最近になってワシワシとカレーを召し上がっていると感激です。時間がかかってもずっと待っていてあげたご両親が本当にお子さんを大切に育てていらっしゃった事が伝わってきます。

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2007年7月24日 (火)

ブログパーツを加えました

ブログの右下にブログパーツを加えました。このなにやら性格の悪そうなパンダはカリーザパンダというキャラクターらしいです。私が時たま分からない事を習っているパソコンビギナーズスクウェア仙台中倉校のE先生にアドバイスしていただきました。先生は可愛いでしょとおっしゃるのですが、わたしには其のあたりがよくわかってきません。次第にその可愛さがわかってくると思っています。口の利き方が良くなくてもわたしのせいではありません。動物なので勘弁してください。

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2007年7月20日 (金)

レシピは持ってこ

今回の地震、本当にひどい状況ですね。亡くなった方はやはりお年寄りが多いし・・。お気の毒です。私は小さいときいたずらをして母に押入れに閉じ込められてから閉所恐怖症になりました。くずれた家財に閉じ込められるとか、エレベーターに閉じ込められるとか、炭鉱の落盤で閉じ込められるとか、押入れに閉じ込められたらと考えるだけで気分が悪くなってきます。でもそんなときでも是だけは持ち出そうと今から少しずつ準備をしようと考えました。好きなLPレコード(古!)とか本とかアルバム、あまり残高ののない通帳などなど。でもこれだけは置いていけません。レシピです。私のレシピはわずかノート2冊です。わたしがいた九段のインド料理店と其の後勤務した銀座のインド料理店の2つの全くちがったスタイルのインド料理のレシピです。どちらも約2ヵ月ほどで書いてしまったと思います。だから毎日必死で先輩のコックさんの手順を見ていました。其れを仕事の合間に手帳に書いて、家に帰って清書して、それを翌日に確認してさらに分からないところは教えてもらったりして(大概教えてくれたところがアジャンタのすごいところです)今のレシピノートができました。でも自分の店ではそのレシピの10分の1から20分の1の量しか作らないのでそのためには作業用のレシピも当初は必要でした。私が出来るだけ短期間にレシピを書こうとしていたのは仕事が上達しなくて首になってしまわないかという懸念があったからです。今でも時々レシピを見ます。でもそれを逐一再現する事だけがわたしの仕事ではないと今は思っているので、その料理の全体の構成を確認するつもりでレシピを見るのです。それでもやはりレシピが最重要持ち出し品のひとつである事に変わりはありません。

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2007年7月17日 (火)

花壇が出来た

Newepsn0842 16日若干の雨の中ようやく花を植えて、ご近所の八沢公園にささやかな花壇が完成しました。町内会のみなさんが集まってほんの30分ほどで植えてしまいました。これからは町内会の方々やかみさんが花の管理をわたしはもっぱら草取りなどしてきれいな花をさかせたいとおもっています。まずはメデタシメデタシ。

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お天気しだい

昨日の地震で私たちが暮らしているこの国が地震の多発地帯であることをもう一度思い起こさずに入られませんでした。何処に行けば台風にも地震にも水害にも会わないで平和に暮らしていけるのかとおもいあぐねても今暮らしているこの場所や仕事を捨てて何処にでも移住できるわけもありません。かく言う私も、もしもお店がつぶれてしまえば(物理的にでも、経済的にでも)ただの、ちょっとカレーが作れるほか何のとりえもないじーじです。そして天変地異と言った災害じゃなくても私のようなお店には様々な要因が働いてお客様がいらっしゃったり、来なかったりする事があると思います。夏は暑いほうが言いとはいっても、あまり暑いとお客様は来ません。夏休みの天気のいい日には、おそらく海水浴にでも出かけてしまって全くお客様のいらっしゃらないいわゆる「空白の一日」がチットラには存在します。台風がくる前などに仕事にならないお客様がみえてお店が込む「台風特需」があります。むろんいつもいつもそうだというわけでなく、そんな事もあったと言う事です。私たちの暮らしは時として理屈では計れない何かによって動いている事もあるのだと思ったりします。

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2007年7月 9日 (月)

こちらこそありがとうございます

きょう(8日)は色々なお客様がいらっしゃいました。お昼の営業の最後の方に一人でいらっしゃったご夫人は数日まえ臨月のお嬢さんとカレーを食べにいらっしゃいました。確かマトンカレーかなにかを召しあがってその翌日には無事に元気な女の子を出産されたそうです。うちのカレーに出産を促すような薬効はありませんがお話をきいて嬉しくなりました。そのつぎは郡部のほうで農業をされている男性がいらっしゃって、いつものマトングリルを召しあがってから是でスタミナをつけて仕事がやっていけそうと帰っていかれました。夜の営業時にいらしゃったご家族は10年来ごひいきいただいています。お嬢さんは最近背丈ものびて愛らしい少女です。伺えばお嬢さんが生まれる前まだご主人とおくさまが学生さんだった頃からチットラに来ていただいているそうです。15年も前のことだそうです。そういっていただくと私共も、もっと美味しいカレーをつくるために頑張る事が出来ます。有り難うございます。

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2007年7月 4日 (水)

岩出山に行く

Newepsn0836 月曜日、久しぶりに義母のいる岩出山を訪ねました。お昼は奮発して、近所のうなぎ屋さんに行きました。うな重をいただきました。岩出山はもともと城下町だった事もあってなかなか風情ある町です。この「紅葉軒」も内川にかかる橋のたもとにあるひなびた雰囲気のお店です。いけすにはうなぎが遊泳しています。うなぎはやや小ぶりですが、こげめが香ばしくて美味でした。おなかがいっぱいになったので実家にもどってお昼寝をしました。極楽、極楽・・・・zzzzzzz

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2007年6月30日 (土)

窓から

Newepsn0044 厨房の窓から隣家の紫陽花が盛りになったのが分かります。私のうちには庭というべきスペースがないので、こんな風によそ様の花をめでて楽しませていただきます。犬がとても好きなのですが、飼う事が出来ないのでお散歩中のよそ様のわんこを見て喜んでいます。目覚ましテレビのきょうのわんこを欠かさず見ます。足りないと思う事がしばしばありますが、とりあえず生きていけているのも幸せなのかとおもう昨今です。

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2007年6月25日 (月)

物々交換

Epsn0036 毎年この季節になると母がほうの葉でくるんだお寿司を送ってくれます。何度も作り方を聞いて自分で作ってみようと思っているうち、季節が過ぎてしまいます。私は山形のさくらんぼを送ります。物々交換というわけです。母はかなり高齢なのでこれが食い収めと思って、いつもありがたくいただきます。近くにある県民の森などに行くとついつい、ほうの木を探してしまいます。もちろん取ってはいけないので見るだけです。そして高いところで風に吹かれている葉っぱをなんとなく食材として眺めています。子供のころはこのお寿司を食べてから菖蒲が入ったお風呂につかって、その菖蒲をはちまきにするのが慣わしでした。無病息災ということです。そんな事を思いつつお寿司をいただきました。

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2007年6月18日 (月)

こりゃあ予想ガイだあ~

最近は何かと予想外な事ばかり。思いもかけないことが度々起こります。年金、コムスン、連日の凶悪事件などなど。17日の夜の営業を終えて私たちが片付けにかかっていると、突然ドアーが開いて、なにやらただならぬ様子の若者が飛び込んできました。おおかた忘れ物をしたお客様かと思っていると、「あのー、この先に人が倒れているんです。」すぐにかみさんが飛び出していきました。私は店のとじまりをして、彼らのあとを追いました。その若者は完全に意識を失って路上にうつぶせに倒れていました。第一発見者の青年は自分のケイタイを取り出して、救急車の出動を依頼しています。その間にかみさんがご近所のSさんのを呼びにいきました。すると通りかかった車がUターンして戻ってきました。その車が倒れている若者が車に轢かれないように自分の車で道路をブロックしてくれました。そしてヘッドライトで照らしたので、昏倒している人の様子がよく見えるようになりました。顔の片方を下にしてうつぶせになった状態で完全に意識を失っています。ちょっとみたところ出血や外傷は見られません。呼吸が小刻みで、呼びかけには反応がありません。とにかく呼吸があるという事以外は何にも分かりません。仰向けにした方がいいのか、何か処置をするべきか全く見当もつきません。うつぶせになって、手足を投げ出して道路に横たわっている若者の周りには瞬く間に10人ほどの人が集まっていました。救急車が到着するのがとてももどかしいと感じました。到着した救急隊員さんは素早く若者を担架にのせて、運び去りました。第一発見者の若者と私たちはそこで散会しました。彼が言っていたのは、最初に倒れている人を発見したときパニックになってしまって、思わず近くの店に飛び込んだそうです。私たちも駆けつけましたが、何も出来ませんでした。もしあの時あの青年が心肺停止状態だったら私たちに何が出来たでしょうか?あの若者はあの後どうなったのか気がかりでした。それにしても発見してすぐに通報した青年の機敏な措置や、わざわざ戻ってきた車のカップルやすぐ駆けつけたくれたご近所のご家族などやはり世の中には善意の人もけっこういるんだと安心しました。このさい、素人でもできる救急救命処置について消防署でやっているプログラムに一度出て、学ぶ必要があると痛切に思いました。予想ガイだ。

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2007年6月16日 (土)

カレーの香り

店の前ですれ違った小学生に「おじさん,カレーの匂いがするよ」といわれました。「おじさんはカレー屋だからね。」というと、どれどれと黄色いランドセルの小学一年生2、3人がくんくん鼻を鳴らしながら近寄ってきたので其れをみていたかみさんも出てきて大笑いをしてしまいました。
 以前働いていたインドレストランから帰りに乗った地下鉄の中の出来事です。私と同僚のsさんは仕事を終えて九段下から地下鉄に乗りました。時間は9時をとうに過ぎていたので車内は比較的空いていました。そばに立っていた2人連れのサラリーマンの一人が突然すっとんきょうな声を上げました。「あれー、何でカレーの匂いがするの?」その日は忙しくて私もsさんも一日中カレー作り三昧でした。そして、そ知らぬ顔をしながらおかしさをかみころしていました。その後sさんは渡米してロスアンゼルスのステーキハウス「紅花」で働いていましたが、休日に出かけたスキューバーダイビング中に事故で亡くなりました。とても気の合う友人だったので今でもどこかで生きているような気がして成りません。

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2007年6月11日 (月)

森に遊ぶ

Epsn0034 何かの拍子に胃のあたりがきりきりと痛んだりします。すこし癒される必要があるみたいです。車で20分ほどにある水の森公園にやって来ました。遊歩道を小一時間ほどかけてゆっくり歩いてきました。木々がうっそうと茂って小道からはあまり景色が望めません。ひたすら歩く事に集中して、いっぱいマイナスイオンを浴びて、酸素を胸いっぱい吸い込めば、ちょっと心に安らぎが戻ってくるみたいです。今度来るときはマホービンに冷たいアイスコーヒーと帽子それにスニーカーを装備します。

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大胆カット

床屋さんが苦手です。時間がないのでコックコートを着たまま近所の床屋さんに行くと、どちらのお店なんですか?と聞かれます。多分知られていないのと思ってむにゃむにゃ言っていると、何のお店なんですか?ときかれます。カレー屋ですというと間違いなく「カレー大好きなんですよ」といわれます。
  
月曜日定休の私は、最近少し離れた利府の床屋さんに行きます。安い、早いが売りの店です。もうヘヤースタイルを気にするほど髪密度がないので、もっぱらさっぱりと短く切ってもらうだけです。今回はちょっとさっぱりしすぎました。椅子に座ると20代中ごろのメガネをかけた女性のが私の担当になりました。前髪を短めにして、横とうしろを刈り上げて下さいといいました。いわゆる職人カットです。女性は了解して私の前髪を切り始めました。それも大胆にバッサ、バッサと切り落としていきます。たちまちひろいおでこが露出しました。彼女の大胆カットはその攻撃の手をゆるめることなく、わたしの 残り少ない前髪は今や無残にギザギザ刈り取られました。このままではしましまのとらじろうになってしまう。「あの~、丸刈りじゃなくて、刈り上げて欲しいのは横と後ろだけなんですけど・・・」「前髪みじかめでしたよね」と彼女。しまった!この女に短目は禁句だったのか。私は観念してもう、なすがママ、きゅうりがパパ状態です。はい、これでよろしいですか?と彼女。まだ前髪はギザギザのままなのでそこに若干の訂正を加えてもらって私の断髪式は終わりました。そして1週間私の前髪はゆっくりですが回復しつつあります。

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2007年6月 9日 (土)

ほっと・・ライン

昨晩の事です。店じまいをしてまかないのおかずを作っていました。電話のベルに受話器をとると、「あの~、チットラさんですか?kですけど。」「えーっ」懐かしさに絶句しました。九段のアジャンタにいた当時の料理長のkさんからでした。現在埼玉市で「さらじゅ」というご自分のインド料理店を経営されています。私からから観るとインド料理の生き字引あるいは神様といってもいい存在です。日本人でインド料理に関して、彼ほどの知識と経験と力量を持っている料理人はそうはいないのではないでしょうか。22年ぶりの会話は全くスムーズで江戸っこの「おじちゃま」のべらんめいなしゃべりかたが相変わらず健在で、しばし時を忘れるほどでした。kさんは当時から厨房ではもっぱら「おじちゃま」でとおっていました。理由は簡単です。有名な映画評論家にkのおばちゃまがいたからです。電話の最後に、おじちゃまはケイタイの番号を教えてくれました。これでいつでもホットラインがつながるというわけです。ついているとおもいました。料理の事で悩んだとき、分からなかったときはよく横浜で「ガネーシュ」をを経営されているIさんにおしえていただいていました。私が尊敬する料理人です。これで先生が二人なりました。まだまだインド料理はわからないことだらけです。手探りしているとき頼りになるのは今でも九段アジャンタの先輩、同僚です。本当にありがたい事です。

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2007年5月17日 (木)

だんだん来てます

愛用のパソコンが最近徐々に変な事を口走るようになってきました。なにか人間の老化に似ているなあなんて変なふうに感心している場合じゃないんですけどね。一応、必要なデータのバックアップは取りました。さてこれからどうするかなあと他人事のように言っていますが実際動かなくなるとやはり困ります。お客様に精しい方がいて親切に教えていただきました。でも最後は自分で決めないとと思いぼちぼちお店めぐりなど始めようと思っています。自分で言うのもなんですが、あまり機械運はよくないんですよ。でもwindows98を今まで使ってきたんだからひょっとするとそんなでもないかも・・・。ナンにしても数年前までコンピューターもケイタイもなしでヘイッキで暮らしてきた私です。機械なんかに使われてたまるかと強がりつつ、うろたえています。

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2007年5月14日 (月)

新人がやって来た

姪っ子に赤ちゃんが生まれました。予定日を約一週間過ぎたところでした。早速病院に行ってくしゃくしゃのお顔を見てきたのですが、可愛いです。写真もとりましたが、一応肖像権の問題がありますので・・・。この一週間は何時生まれるのかと親でもないのになにやら落ち着かない日々でした。先日写真の整理をしていたかみさんが開店当時のチットラの店内で撮ったまだ小学校低学年の姪っ子の写真をみつけました。其の写真をみて、母になったばかりの彼女をみるとまさに隔日の感があります。それにしても結婚、出産と最近はスケジュールがちょっときつすぎるような気もするのですが、まあ幸せなんだからいいか・・。ちなみに赤ちゃんは女の子で母子共に元気でした。

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2007年4月15日 (日)

メガマックの次はギガマックなんてね

今年の1月からマクドナルドで売り出されたメガマックが大ヒットだったみたいです。当然と言えば当然のことでしょう。それでもセールス期間の52日間に約1150万個が日本人のお腹におさまったときけばやはり驚いてしまいます。その構成はパン肉肉パン肉肉パンになっていて、簡単に言うと標準ハンバーガーが3つ重なったような物らしいですね。実物を見たことがないのでよくイメージが出来ません。しかしそれがヒットする大きな要素の1つは満たされない飢餓感なのかもしれません。生理的現象としての飢餓感と言うよりもっと社会全般に蔓延している飢餓感のようなものが大きく作用している気がするのです。人々の食欲が昂進してむやみに大きなハンバーガーが売れまくっている今の日本から食べる事の楽しさや工夫が奪われて、やがてすべてが質量と単価に還元されていくような気がなんとなくしてくるのです。

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2007年4月11日 (水)

ヨ~ク考えよう、名前は大事だよー。

長い間お店をやっているといろいろな質問をされることがあります。電話では、ワニ料理はありませんかとか、ケイジャン料理をやっていますかとか、カレー以外の料理はないですかとか・・。直接には私の国籍についての質問(自分ではどうみてもただの日本人のおじさんにしかみえないのではと思っているのですが)などなど・・・。
 午後3時を過ぎて、ふと駐車場を見ると車が1台其の脇に店のほうを見ている男の方が一人見えました。この時間、チットラは休憩時間に入っているのできっとそれを知らないお客様が見えたものだと思って行ってみると。場所がわからなくてあちこち探しているうちとうとうこんな時間になってしまったと困り顔のお客様。この時間はもう火を落としてしまっているのでカレーはお出し出来ないんですよと謝りました。するとお客様がおっしゃるにはこのあたりにヨークベニマルはありませんか。その近くにあるカレー屋さんを探して何度も人に尋ねるうちチットラにたどり着いてしまったとのこと。お客様に其の店の名前を伺うと最近テレビで見たのだが店名は知らないし、ただ泉区のヨークベニマルのそばにあるカレー屋だということだけを頼りに出かけてきたとおっしゃいます。このところそういった取材は受けたことがないしと困ってしまいました。その時約半年前に開店したGダーラというインド料理店のことを思い出しました。八乙女のヨークベニマルから比較的近い距離にあること、開店当初テレビの取材があった事、時々テレビのスポット広告が放映されていたこと。考えてみると其の店以外に捜し求める店はないように思われました。自分の店のちらしに載っている地図に店の位置と名前を書き込んで渡しました。そして、それは其れですっかりと忘れていたのに夜の営業のときカミサンに言われてはっとしました。運転免許センターのそばに最近出来たヨークシティにはLスプーンと言うカレー屋さんがあるのです。ひょっとするとこれがお目当ての店だったかも。ヨークベニマルってあちこちに在るんですよね。それにしても、やはり店の名前だけはわからないと目的地には到達するのは容易ではないと思いました。そこのところをヨ~ク考えていただけたらありがたいのですが。昼の彷徨い人のお客様。目的のお店は見つかりましたでしょうか?
 それから話は変わりますが、今晩帰り際にブログを見ていますと声をかけていただいたお客様、有り難うございます。

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2007年4月 8日 (日)

投票に行ってきました。

朝起きて、資源ごみを出して、それから県議と市議の投票に行ってきました。25歳ぐらいから選挙を棄権したことはありません。とりあえず自分の意見を政治に反映させる唯一の機会なのでどんなに行きたくなくても必ず投票するようにしています.私は下流君なので、時代の苛烈さをいやおうなく感じながら、すこしでも皆が自分らしく暮らしていける時代がくればと思っています。 

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2007年4月 7日 (土)

本屋さんの知恵

4月2日の朝日新聞に、こんな記事が出ていました。札幌の小さな本屋さんが、いじめに苦しむ中高生に読んで欲しい本を集めたフェア「本屋のオヤジのおせっかい 君たちを守りたい」を始めたところ全国の本屋さんから同調する反響があって現在全国約200の書店で同じタイトルのフェアが開催されていると言う話でした。札幌市西区の「くすみ書房」の店主久住邦晴のお話を昨年、NHKのラジオ深夜便で聞いたことがあります。久住さんの経営する本屋さんは数年前に危機的経営状態にあって閉店寸前にまで売上が落ち込んでいました。そこで彼が考えたのは売れない文庫本ばかり集めた絶版文庫本フェアでした。地元のメディアに趣意書を送ってみるとその企画のユニークさに数件の取材も合って結果はとりあえず経営危機を脱することが出来たと言うわけです。売れ筋ばかりをそろえた大手の書店に対抗して意表をついたアイデアだったと思います。次に彼が考えたのは本の一番読まない世代に(どうやらそれは中学生らしいのですが)本を読ませようという企画でした。確か「本屋のオヤジのおせっかい中学生はこれを読め」みたいなタイトルだったと思います。その100冊ぐらいの本のリストを欲しがったのはもちろん中学生本人ではなくその両親だったというのは想像に難くないところです。思えば本読んでなんの役に立つのかは私にもさっぱりわかりませんが、この世に全く自分と違った考えの人たちがいてその人たちと直接会わなくてもその考えを聞く(読むこと)が出来るなんて素晴らしいですよね。おまけにどんな文豪だってアポなしで合えるし、.わけがわからなかったら読むのをやめればいいし、こりゃ楽だわ・・・・。ちなみに其の本のリスト(君を守りたい)にはこんな本がありました。
井上路望「十七歳」、森絵都「カラフル」、天童荒太「包帯クラブ」、あさのあつこ「バッテリー」、山本ひろし「君だけの物語」、灰谷健次郎「兎の眼」、宮田雄吾「学校生活じぶん防衛軍」、長谷川集平「はせがわくんきらいや」、重松清「みんなのなやみ」etc

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2007年4月 2日 (月)

カントリーロードよ、私は何処に向かっているのか?

Epsn0361 3月の末に父の13回忌の法要のため岐阜県の実家に戻ってきました。例によって格安の深夜高速バス(写真)仙台→名古屋 に乗って日曜日の早朝の名古屋に降り立ちました。予約しておいたレンタカーを駈ってこれから飛騨地方の実家まで約130キロのドライブを楽しみつつ春の飛騨路をのんびりと行くつもりです。途中の道案内はカーナビの、(えーと一応女性の声なので)路子にまかせておけば安心です。時間に余裕があったので一般道のみをとおるルートを選択しました。路子はどちらかと言うと寡黙なほうで必要なこと以外は一切しゃべりません。もちろん自分の生い立ちなど話すわけもないのです。県道の41号線を車はひた走りに走ります。ところが突然路子が41号線をそれるように指示を出したのです。私の車は右折してひなびた田舎路に入っていきました。それから車はただひたすら山道に分け入っていきました。そうしてしだいに道は細くなって行き、おしまいにはなにやら農道のごとき怪しい道を走っています。これで本当にいいのかなあなどと路子にきいても寡黙な彼女は次の1キロ先を右方向ですなどと事務的に告げるだけです。途中で追い越した郵便配達の赤い原付きに猛烈に追いまくられて、激走すること20数キロ突然車は41号線に出ました。路子、きみを疑ってごめん。でも私は一体どこを走っていたのでしょうか?(注 カーナビに女性の名前をつけるのはわたしが敬愛する椎名誠氏のパクリです)

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2007年3月19日 (月)

華麗ならざる我が家

ヤフートピックの目次を見れば昨夜の(華麗なる一族)の瞬間最高視聴率が44.9パーセントなんて出ていました。何と言う高視聴率でしょうか。私は裏番組のとんでもなくくだらないお笑い番組を見ていました。このわたしのマイナー志向がビジネスにも悪い影響を与えているのでしょうか?どうも多数とは違ったほうに行ってしまうのです。へそ曲がりなところがいけないと知りつつも皆さんが良いと言うものにはとりあえずノーと言ってしまう悲しい性なのです。おまけにミステリーものも苦手でストーリーを追わないで最初に、最も主人公に近しくて意外性のある犯人を探してしまうのでさっぱりお話を楽しめないのです。最近は倉本聰脚本の(拝啓、父上様)という地味な板前さんの話を見ていました。和食の板前さんは腕が立ちそうだなあなんて感心しつつもこれはあり得ないよとか、韓流か!とかつっこみを入れています。なんだかそれも淋しいなあ・・・・・。

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2007年3月 8日 (木)

少子化に思う

あと少しで姪っ子に赤ちゃんが生まれることになっています。さてどんな赤ん坊がやってくるのかとても楽しみでは在ります。でも生まれたら生まれたでその後は又大変なんですよねえ。最近、大臣の発言で改めて女性の出産に関する話題がひとしきり議論されたりもしたのですが、私のようなカレー屋ごときが口をはさむのも恐れ多いとは思いつつちょっと考えたことは、母なる女性のことも問題ですが、もう一方の父なる男性のあり方も大きくこれからの少子化に関ってくるのではないかという事です。これは偶然の出来事かもしれませんが、たまたま知り合いの30代後半の男性2人に初めてのベイビーが生まれました。詳しいことは分かりませんが、その2人とも以前の職場を退職して新しい仕事に移ってからのことでした。このケースでは多分転職がうまく働いて待望の赤ちゃんを迎えることが出来たのでしょう。すべてそううまくいくわけではありませんが、男性の労働環境も深く出産に関係していることだけは確かだと言えるのではないでしょうか。

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2007年3月 2日 (金)

燃料が食糧を食う時代が

昨年来、仕入れの業者さんから値上げのお願いをされることが多くなっています。サラダ油、バター、マーガリン、コーヒー豆、砂糖、ジャムなどなど・・。それが何を意味しているのかがようやく分かってきた気がしています。今週の週間ポストの中で「週間こどもニュース」のキャスター池上彰さんが書いている記事はとても重要な指摘がありました。それはアメリカが現在進めている石油に代わる代替エネルギー開発政策によって、とうもろこし、大豆、砂糖きびなど,本来、我々の食糧として生産されてきた農産物を原材料にして、エタノールやバイオディーゼルの燃料が生み出されていると事実です。アメリカは徐々に中東からの石油の輸入を削減するためにこれらの食料品を燃料に転用しています。その結果これらを原材料としている食品の値上げや、これらを飼料としている家畜のえさ代の高騰を招いているようです。
2008年には全米のとうもろこしの約半分がエタノール製造にまわされていくようです。大豆やとうもろこしなどその多くを輸出に依存している日本がとるべき方策としてはやはり食糧自給率をあげていくほかないのではないでしょうか?食品を燃料が食う時代になっていくようですね。

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2007年2月26日 (月)

変化する

選挙になると、改革や変革は耳慣れたフレーズですが、実際のところは、何がどのように変わるかは具体的に示されていないような気がします。金曜日の深夜に放映された「朝まで生テレビ」を録画して、ちびちびと観ています。小沢遼子さんがやや大姉御のような風格でしたね。後半のほうで天皇の皇位継承について愛子様がもし継がれれば日本は変わっていくであろうという発言がありました。私が思うにはそれだけでなく、女性の総理大臣、女性の最高裁長官、大企業の社長等等。日本の様々な分野のトップがすべて女性に代わってしまえばいやおうなく男性の価値観も変化を迫られると思います。厚生労働大臣も女性になればあのような発言は出てこないのではないでしょうか?どうも長い間この世の中の舵取りをしてきた我々男性はあまりたいした成果をあげてはこなかったと自らの力足らずも感じつつ自戒しております。

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2007年2月11日 (日)

哀悼マイケル・ブレッカー

夜中に聞いていたNHKのFMでサックス奏者のマイケル・ブレッカーが1月13日に白血病で亡くなったことを知りました。このところあまりFMも聞いていなかったし、ジャズの雑誌も読んでいないので本当に青天のへきれきです。おそらくジョン・コルトレーンの正統な継承者としてはもっとも有能なミュージシャンの一人だったのではないでしょうか?彼が深くコルトレーンに傾倒しつつなおその引力圏から逃れようと苦闘している様子は度々その演奏からうかがい知ることが出来ました。実際にコルトレーンを中央から突破しようとする並々ならない野心と才能を持ち合わせていたと思います。私はあまりたくさんの彼の演奏を聞いていないので彼が何を自分の究極の目標に定めていたのかは分かりませんが、今でも強く印象に残っているのは数年前にラジオで聞いたやはり当代屈指のサックス奏者ブランフォード・マルサリスと彼のテナーサックスバトルでした。これは私の完全な主観なので、異論もあるとおもいますが、ブランフォードは天才だと思い、マイケルは秀才だと感じました。むろん徒競走ではないのでどちらが勝っているといったたぐいの論評は無意味だと思います。それでもその演奏を聞いたときマイケル・ブレッカーはまさしく努力の人なのだと感じました。そしてブランフォード・マルサリスが持ち合わせている才能の豊かさにひょっとしたらマイケル・ブレッカーは嫉妬しているかもなどと余計な憶測をめぐらせてしまいました。
 
偉大なサックス奏者だったマイケル・ブレッカーに哀悼!

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2007年2月 7日 (水)

キンコンカンの鐘が鳴る

渡辺和博氏が亡くなった事をテレビのニュースで観て驚きました。多分若い方は分からないでしょうが、20年以上前に「金魂巻」(きんこんかん)というユニークなタイトルの本を出して当時ベストセラーになり、本の中で使われた金持ちを表す、金の文字を丸で囲んだ丸金と貧乏人を表す丸ビは第一回流行語大賞を受賞したそうです。氏は、私が当時読んでいた「ガロ」というマイナーな漫画雑誌に時々独特のへたうまな漫画を描いていました。今考えてみるとこの(へたうま)という言葉も現在時々聞かれる(きもかわ)や(エロかわ)の語源なのでしょうか?時々テレビにも出てそのあまりに威圧感のない脱力系のキャラは中々存在感がありました。そして私が氏をなんとなく親近感もって見ていたのはあるとき当時働いていたインド料理の先輩のコックさんに電話したとき取り次いでくれた彼のお母さんが私を渡辺和博に似た人といっていたのが聞こえてきたときでした。今までもあまり風采が上がらない人間に何度もたとえられたことが会ったのですが。渡辺和博に似ていたのかとそれも驚きました。そういわれてみればなんとはなしに似ていない事もないように思えてくるから不思議です。そしてそのことは全く忘れていたのに突然に逝去のニュースをみたわけです。子供の頃に兄がよくレコードでかけていたブラウンズの(谷間に三つの鐘が鳴る)を思い出しました。一生のうち3回村の教会の鐘が鳴るそうです。生まれてきたとき、結婚したとき、そして亡くなった時。渡辺氏の鐘はキン、コン、そおしてカンと打ち終わったことになります。

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2007年1月14日 (日)

納豆ダイエット 君は何処までねばれるか?

先週の〈1月7日〉の某番組で納豆を朝、晩一日2食食べつづけると約2週間で3キロの減量に成功するという納豆ダイエット法を見ました。私自身はどちらかというとやせているのですが年相応におなかのあたりに贅肉がついているのが気になっていたので試しに家に在った納豆を朝晩食べてみました。ところが毎日食べるのがきつくてたった1日で挫折してしまいました。そして、其のころマーケットに行くと納豆売り場が異常にガラガラになっているのに気づきました。新聞によるとこの番組のおかげで業界は一日にして生産が追いつかなくなってしまったそうです。なるほどとテレビの影響力の大きさに改めて驚くと共にやせたいと願う人がこんなにたくさんいるのかと知りました。ある意味、番組で提示された2週間が今後の納豆ブームの分かれ目でしょうが、私は1日2食の納豆にはとても耐えられそうも在りません。これはねばった人の勝ちといえるのでしょう。
 話は変わりますが昨日(1月13日)お昼の営業に二人の若い男性がいらっしゃったのですが帰りに伺ったらわざわざ秋田県からお見えになったとのことでした。あまたインド料理店がある中でチットラに来ていただいて本当にありがたいと思いました。

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2006年12月31日 (日)

蕪栗沼を訪ねて

Epsn0319_4 新聞で読んで、思い立って蕪栗沼にやって来ました。年も押し詰まった25日のことです。高速を古川インターで降りて、田尻町に入って加護坊山の頂上にやって来ました。そこから蕪栗沼の全体を眺望する予定だったのです。それが最初の写真です。しかしながら水際がはっきりとは分かりません。次にねぐらに帰宅する雁や白鳥など見るために夕刻を待って蕪栗沼に向いました。観察ポイントにたどり着くまで車は西に東にしばし迷走しました。幸いにちょうど良いタイミングで沼につくことが出来ました。空が濃い真紅に変わっていくころ様々な鳥の声と共に鳥の隊列が繰り返し波のように押し寄せてそれは素晴らしい眺めでした。何せデジカメの映像ですのでその眺めを詳しくお伝えできないのが残念です。下の写真をクリックしていただくと夕空に浮かんだ鳥の群れがお分かりいただけるかもしれません。今年1年御来店いただいたお客様どうもありがとう御座いました。来年もよろしくお願い致します。皆様の1年がより良いものでありますよう。

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2006年12月24日 (日)

年末の営業は31日まで

12月23日の姪っ子の結婚式はなかなか盛大な物でした。最初は絶対写真などとらないつもりだったのですが気が付いてみるとデジカメをもってあちこち飛び回っていました。ゆったりとすわって料理なんか吟味する予定だったんですが・・・。
 昨日も書きましたが其れでとうとう夜の営業に間に合いませんでした。その代わりというわけではありませんが、従来12月30日が年内の最終営業日になっているのですが今年は12月31日の午後2時まで営業を延ばすことにしました。大晦日にカレーなんかといわないでぜひ御出でいただきますようにお願いします。

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2006年12月23日 (土)

今日御来店頂いたお客様ごめんなさい。

Epsn0586 本日は姪っ子の結婚式が聖ヨハネ仙台ゆりが丘教会で行われました。結婚式と披露宴がすべて終わると4時過ぎにはなるそうですが何とか夜の営業には間にあるだろうとホームページにもブログにも書いていたのですがちょっとしたアクシデントとクリスマスイブイブの大渋滞に巻き込まれて店にたどり着いたのは午後7時をとっくに回った時刻でした。其れで本日の営業を断念せざるを得ませんでした。本日御来店されたお客様ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。お店をやる以上はこんなことではいけないことは分かっていたのですが、戻ってこれませんでした。今後こんなことにならないよう気をつけます。すみませんでした。

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2006年12月22日 (金)

一年が過ぎてゆく

あまりに早く一年が過ぎてゆきます。明日〈23日)は姪の結婚式でお昼の営業をお休みさせていただきます。12月の末に結婚式はやはり驚きました。それでも子供のころから見てきた姪っ子のウェディングドレス姿が見られるのがとても楽しみです。
ひょっとしてドライアイスの霧やゴンドラで登場する新郎新婦なんて見ることが出来るのかなあ。今から楽しみにしています。

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2006年10月16日 (月)

きれいにする

Epsn0556 冷蔵庫は頻繁に使っているのに掃除をするとなると中々厄介なものです。昔働いていたインド料理店では当然大きい冷蔵庫を使っていたので中の料理をすべて外に出してから冷蔵庫の中に入って隅々まできれいにしました。するとしばしばしばらく閉じ込められると言った手荒な洗礼をうけることもあります。冗談ですからわずかな時間ですが、閉所恐怖症の私には本当に肝の冷える出来事でした。
 
今日は気合を入れて冷蔵庫掃除をしました。最近は市販の洗剤ではなく重曹と酢を適当に混ぜた物を使って掃除します。油汚れのひどいところはやはり苛性ソーダを使って落としますが、冷蔵庫のようにカビのような物がパッキンにこびりついているところは重曹と酢を混ぜ合わせた溶液をいったん布に含ませて拭き、少したってからもう一度水拭きするとかなりきれいになります。酢は市販の安い穀物酢でかまいません。そんな訳で汚れと格闘すること1時間半、ごらんのようにぴかぴかになりました。もう中に住みたいくらいです。

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2006年10月 9日 (月)

虹が立つ空

Epsn0554 今朝(8日)ふと部屋の外を見ると、とびっきりの虹が西北の空にかかっているではありませんか。そういえば昨日は1日中、台風なみの低気圧が通過して大荒れの天気でした。こうして台風一過の秋晴れの空にくっきりと虹かかかるのを随分久しく見ていなかったように思いました。先週の金曜日にはこの2年間ほど足繁く、チットラに通っていただいたOさんご夫妻が東京に転勤される前日に、最後にと来店されました。ごひいき頂いたこと改めて御礼を申し上げましたが、翌日からの大雨です。この天候ではお引越しはさぞや大変だったのではないでしようか。今朝、この美しい虹を見てOさんご夫妻に明るい未来が、我がチットラにも若干の幸運がありますように願わずにはいられません。

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2006年9月30日 (土)

突然の帰郷

Epsn0519 急に思い立って、田舎に帰りました。26,27日に御来店いただいたお客様、本当にごめんなさい。仙台と名古屋間は深夜の高速バスを使って、そして名古屋から岐阜県の南飛騨まではレンタカーを借りて3泊4日内、車中2泊の強行なスケジュールでしたが、米寿の母の元気な顔見ることが出来て本当に有意義な帰郷でした。田舎料理などおいおいブログで紹介したいと思っています。留守中来店いただいたお客様に重ねてお詫びいたします。ごめんなさい

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2006年9月12日 (火)

それでも秋はやってくる

Epsn0499Kourogi  つい数日前、農学部の学生さんのGくんから、生きの良い夏野菜をいただきました。さっそくかぼちゃの煮付けと焼きナスにして堪能しました。ここ数日は何だかうんきが強くて、食欲がやや減退していたところに美味しい晩御飯が食べられました。それでも朝晩は秋らしい空気が感じられます。その秋の夜長を盛りたててくれるのが写真右の虫さんであります。これはコウロギなんですか?どうも虫さんのことはよく分からないので間違っていたらお許しください。どうもこの虫君が夜を徹して鳴きとおしてくれるので秋のメランコリーは募るのです。店じまいをしようと外に出ると看板のよこにいたのでちりとりで捕獲して叢に帰っていただきました。安全な場所で今宵も美しい声で秋のセレナーデを奏でてください。

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2006年8月31日 (木)

夏が終わるとき

 ぜんぜん無関係の話で恐縮ですが、最近話題のハンカチ王子ってユニークな呼び方だとつくづく感心しています。あの大騒ぎはどうかと思うのですが・・。ハンカチと王子が結びつくと何か一種、懐古的な雰囲気がかもしだされるような、でも「白馬の王子」とか「幸福の王子」とか何か王子に結びつくにはハンカチはあまりに唐突でそこが何だか傑作なんでしょうねえ。
 話は変わって、季節がめぐって秋になりました。むろん8月中はまだ夏なのかもしれませんが、それでもチットラでは秋になりました。お客様の顔ぶれががらりと入れ替わって、夏のお客様は去って秋のお客様がやって来ました。従来ふつうに来ていたお客様は夏の間はあまり、いらっしゃいません。どうしてそうなのかは分かりませんが、そういうことになっているのです。それでそのお客様が昨日あたりからいらっしゃってつまりチットラには秋が訪れたというわけです。

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2006年8月21日 (月)

○○○の若様

2.3日前の晩のニュースを見ていた私とかみさんは、テレビの記者会見に現れたある企業の最高経営責任者の顔を見るなり、「あっ、○○○の若様だ。」と声をあげました。実際に彼が私の店を訪れたのは2度しかなくてそれも恐らくは10年以上も前の話です。ではたった2度しか会ったことがないその紳士の顔と名前を最近とみに記憶力に自信がない我らが何故憶えていたのかと言いますと、今を遡ること10余年前、閉店間際に会社の部下と思しき2名と来店した彼は素早く食事を終えると、会計に立って、領収書を下さいと自分のフルネームで領収書の宛名を指示したのでした。会社名や個人名で領収書を書いたことは何度もありますが、個人のフルネームで領収書を書いたのは後にも先にもその2度だけでした。そしてそのフルネームこそが今回、九州地区に販売網を展開する紳士服の量販店○○タと業務提携に成功した業界4位の○○カの後最高経営責任者○○○謙介氏でした。背広のりゅうとした着こなしからすぐにその業界で有名な○○○のご親族に違いないと勝手に思い込んで我らは○○○の若様とお呼びして、ひそかにお慕い申し上げていたのでした。髪に少し白い物が混じってはいましたがまごうことなき若様のりりしきお姿に我らはしばし言葉を失ってやがてやはり若さまであらせられたかと嘆息したのでした。

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2006年8月15日 (火)

岩出山 有備館

お盆の墓参りに岩出山にやって来ました。早々に墓参りを済ませて、晩御飯前の腹ごなしにぶらりと町に出ました。どこか懐かしい、ちょっと時が止まっているみたいなところが岩出山の魅力だと思うのですが。この町で暮らしている人たち、特に若い人には変わりばえのしない町並みに思えるかもしれません。城山公園を行過ぎて偶然、有備館のまえを通りかかると閉館までまだ1時間ほどのあるようです。入館料を払って中に入りました。頂いたパンフレットによると有備館は1691年(元禄4年)に伊達藩が岩出山の武士の子弟を教育するため開設した学問所で、江戸の昌平坂学問所とほぼ同時期の創設であるそうです。入ってすぐ左手の門をくぐると緑豊かな庭園の中心には涼やかな池面がひろがっています。主屋の広々とした続き部屋には水辺を渡る夕刻の風がひんやりと吹き込んで、ああこれは学び舎としては最高の環境と言ってもいいかも・・・。池の周りには樹齢300年などといった木々が生い茂って、立派な竹林も見られました。家人の同級生の伊達さんが実際にこの有備館で生活をしていたそうです。なんという贅沢、学問所とは言っても庶民が通う寺子屋とは違います。やはりわれら庶民とは無縁の物ではあるのですが、夏の夕暮れにちょっとしたタイムトリップを楽しみました。
Yuubikan_1



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2006年8月 3日 (木)

スポーツとルールについて

2日に放映された亀田興毅選手とファン・ランバエタ選手のジュニアフライ級世界タイトルマッチの試合は無残な物でした。もともとボクシングの世界では外国で戦うときはノックアウト以外では勝てない、ホームタウンディシージョンの慣習がありました。でもこれほどの身びいきでは、いわゆる「ひいきの引き倒し」ということにはならないでしょうか。最初からこれが決まっていたのならこんな大騒ぎは無用です。スポーツが皆をわくわくさせるのは実力のあるチャレンジャーにチャンスが与えられるからです。そしてルールが正しく適用されるという意味で、フェアーであるからです。戦った亀田選手自身が一番自らの非力を思い知ったとは思うのですが、それでも口だけはへらないようです。かつて「ほら吹きクレイ」といわれたカシアス・クレイは単なるほら吹きではありませんでした。1974年、アフリカのキンシャサで当時世界最強と言われたジョージ・フォアマンをノックアウトで葬って彼は伝説のボクサーになりました。亀田選手とテレビ局にはせめて謙虚さと基本的礼儀を身に付けて頂きたいと願っています。

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2006年7月26日 (水)

似ている・・・

 お昼の最後にお見えになった若いお客様は、マトングリルを注文されました。あっという間に召しあがって会計されるとき、「本当に久しぶりに食べました。昔と同じ味でおいしかった。」と、おっしゃいました。えっ。と思ってよくよく見れば確かに見覚えが、でもそのお客様のお名前が思い浮かびません。よくよく伺ってみると,此処へ最後にいらっしゃったのは中学生のときだとおっしゃいます。目の前の若者はとうに二十歳は過ぎていると思われる立派な若者です。そのときお客様の顔を見ていたかみさんがはっとして,「ああ,良くご家族でお見えになっていたSさんの下の息子さんですか?」Sさんは開店当時から長くごひいきして頂いているお客様で,当時はご家族で,毎週のようにお見えになっていました。お子さん達はとうに成人されて,近年は奥様も健康が優れないご様子で以前ほどはお見えになれないことは承知していました。かみさんに言われて見てみるとなるほどお顔はお父さんにそっくりです。血は水よりも濃いとはよく言ったものです。今は結婚し、転居されてめったにご実家にも来る事が出来ないそうです。今日は偶然仕事の関係でこの近くまでやって来て御来店くださったとのことでした。Sさんのご子息は笑顔でお帰りになりました。今日は偶然ですが,Gさんのご子息も一人でマトングリルを召しあがっていらっしゃいました。彼も小学生のころからご家族でおみえになっていて、今では立派な青年です。そうして近頃父上にそっくりなご様子です。今日はジュニアの日なんだと思いました。第二世代の若者がまだチットラと、その味を忘れないでいて頂けるのは本当にうれしいことです。

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2006年7月14日 (金)

総合的学習でカレーの話

今日(13日)の午後、南光台東中の生徒さんが7名チットラにやってきました。先週電話で、カレーについて話をして欲しいと依頼があったのです。自分が知っていることくらいなら何かお役に立つかも知れないと思って、引き受けることにしました。もともとあまり話が得意なほうではない私としてはこれは少し準備したほうがいいかなと考えて、以前カレーの起源やスパイスについて調べた物や、日本にカレーが伝わった経緯など改めて見直してみました。生徒さんたちはしっかりと挨拶が出来る、はきはきと受け答えが出来るなかなか優秀な中学生でした。最初に電話でアポをとってきた生徒さんが3年生だと聞いていたので、全員が3年生かと思っていたら。1年生から3年生までの混成チームでした。質問は明快で的確だったし、話を聞く態度も良いと思いました。そして、自分で資料を改めて見直してみると結局、私自身が知らないことだらけであることをいまさらながら認識せずにはいられません。最近改めて食事の大切さがあちこちの報道等で取り上げられています。考えてみると食べることはもっとも基本的に私達の命をつないでいる営みです。食べることは多くの場合他の生命を私達が頂いている、頂きますそのものなのです。頂いた物を余すことなく自分の命に取り込むことが出来るように、よりいっそう美味しいカレーが作れるように精進していきたいと思いました。

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2006年7月11日 (火)

秋桜,夏に咲く

Epsn0446_1 写真が不鮮明でよく分からないと思いますが,店の駐車場の片隅に6月の終わり頃からコスモスがちらほら咲き始めました。昨年、あるお客様から頂いてほうっておいたものです。植物のことは全く分からないのですが秋桜というくらいですからきっと秋に咲く物だろうと思っていました。其れでインターネットで検索してみると、コスモス、きく科の1年草で原産地はメキシコの高地、日本に渡ってきたのは明治20年ころと書いて有りました。早生種は6月ころから咲くらしいのです。メキシコからやって来た秋桜が初夏の駐車場の隅っこに咲いているなんて不思議な感じです。

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2006年6月10日 (土)

豊かさの中の罪と貧しさの中の罪

 このところの新聞には対照的な二つの事件が取り上げられています。その一つはインサイダー取引の疑いで逮捕された村上ファンド代表の村上容疑者であり,もう一方は秋田県の藤里町で起きた小1児童殺害事件の畠山鈴香容疑者です。もちろん前者は証券取引法違反であり,後者は死体遺棄容疑による逮捕ですので,全く性格の異なる二つ事案であることに間違い有りません。しかし私にはこの二つの全く異なる事件を新聞の第一面で見るとき現代という時代が私達に及ぼしている、ある苛烈さと言うか,容赦なさというべきものが感じられるのです。それは経済活動において極限の消費を求められる私達がその反対に極小の実利しか達成できないジレンマのような感覚です。村上容疑者が記者会見で見せた余裕のうらに見えるうそと,畠山容疑者のほとんど捨て身の無防備なうそには現代の経済社会における頂点と底辺の対比があり、畠山容疑者はガスを止められて,カップめんしか食べられない生活のなかでもなお月額6,7万の携帯料金を払っていたと聞きました。すべての人間に過酷な消費が課されている時代であることを思わずにいられません。そして母の傍らで無邪気に笑っている彩香ちゃんの写真を見ると,彼女はお母さんが大好きだったんだろうなと,再び胸が痛くなってくるのです。

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